その理由は、会社経営や事業を興すという事は、非常に大きな社会的責任が伴い、経済環境の変化がつきまとうからです。経済不況の環境下で、はじめに期待していた理想像や幸せ感が、大きな苦難という形になって、現在重荷を背負って生きている方も多いのではないかと思います。
私の友人は1980年代にハワイに多数の不動産を所有していました。運転手付きのベンツを乗り回し、豪華な生活をしていましたが、バブル経済崩壊後、借金だらけの人生を余儀なくされる結末でした。それもこれも、根本的には経済活動の中で、実力以上のものに手を染め、汗水とは全く関係ない土地・建物に対するコストとローンの金利を払わなければならなかったからです。先月には、銀座で多数のビルを所有し、ハワイの高級住宅街でも多数の物件を所有していた、K氏も脱税容疑で逮捕され、結果的にはハワイにある物件の一部を税務署から差し押さえられる事になりそうです。
お金で物や食べものを買って、得られる幸せ感は、本当の意味の幸せとは言えません。
また相手に自分の無いものを求めようとする欲求は、幸せにはつながりません。物質欲は、まるで中毒症のような状態を作り出します。買っても買っても、永遠に満足が続かないからです。
また、相手から情をもらおうとする偽りの愛は、本当の愛ではありません。求めるものが満足されない時に、また別の人に自分の愛情を求め続けるからです。では、もっと長く続く幸せというのはないのでしょうか?
永続する幸せとは?
物質的なものを追い求め、それを幸せだ感じるのは、細胞から発せられる欲望や欲求を満たそうという偽我があるからです。細胞からでなくても、自分を他人より、よく見せたいという自己本能も潜在的に隠れています。これに対し、善我(真の自分)が喜ぶ幸せがあります。それは、心の内面からくる幸せとでも言えるものです。
あの名曲を世に出した音楽家のベートベーンなどは、楽譜や音を自然から学び、調和させて、より完成度の高い曲を創ることに幸せを感じていたと推察できます。近年では、インドのマザー・テレサも恵まれない人たちに、暖かい愛の手を差しのべることに、自分の真の幸せを見いだしたと言われます。
また、これとは別に、自分の技能を磨きながら作品を人に届けることで、幸せを感じる場合もあります。町の職人さんや、料理人、音楽家、美術工芸家などがその例です。このように、自分の内面から湧き出てくるもので、世の中にとって役立つ様に、自分の持てる能力や技能を提供していくことが、永続的な幸福感となるはずです。
もし、あなたが何か得意とする技能や才能を持っているならば、その技能や能力を惜しみなく、社会や求める人のために無償の気持ちでどんどんと使う事です。自分の持てる技能、才能や知恵を発揮し、その技能や知恵を必要とする人達にお届けすることで、きっとお金では買えない喜びとなるはずです。その喜びは、決して失うことはありません。そして、「善循環の法則」にしたがって、一つの喜びは、永続する喜びの輪となって広がるのです。幸せを物に対し求めている限り、真の幸福感はやってこないのです。

