今日は、「ホ・オポノポノ」というハワイの処世術と日本古来の「反省」 について考えてみたいとおもいます。
「光り輝く元の自分に戻す」というのが反省という根本療法の目的です。
私は、幼少のころ、明治の父と祖母から多くの影響をうけました。そこで、小さい頃から、よく「自己反省」というものとよくつきあわされたのです。
2つの大きな違いは、関係者と仲介する聖なる人がその場に一緒にいて進めるかどうか、儀式がおこなわれるかという点です。「ホ・オポノポノ」は古代からハワイで続いた習慣です。家族内と親族内のもめ事について、仲介者(村の長)が仲介し当事者が良く話し合い、お互いに許し合い、償いあうというものでした。
一方の「日本の反省」とは自分が犯した間違いを静かに振り返り、第3者の目で見つめ、発生原因がつかめたら、自分と相手を許し、そして、その反省から得られた学びと許しに対し感謝をすると同時に、もう2度と同じ過ちをしませんと「自分に対し宣言すること」なのです。時間をかけて幼少の頃から、現在に至るまでの心のアカをおとしていくという本当はお風呂に浸かって汚れを落とすようなことなのです。
どちらの方法も、関わった人間みずからが真摯に反省するという点において似ています。
原点となる「反省」を更にたどっていくと、インドのお釈迦様の「瞑想・反省=八正道」という原点にいきつきます。
現代の日本では、このような素晴らしい理念を教えてくれる機関が少なくなっているようです。そのため、外国から入ってくる情報に飛びつくのも、分かるような気がします。
また、自分と向き合う「反省」という言葉自体にひっかかる人や苦手の人もいるでしょう。しかし、どんなに時代が変わっても「真理」は永遠に普遍なのです。
「反省」は自らの思い・行いをクレンジングし、調律する最も有効な手段の一つなのです。汚い部分を自ら掃除しないで、より楽な方法を求める事は、カビのはえた食べ物にふたをするのと同じ事です。問題の根はいつもどこかに潜んでいるからです。
私の目にはホ・オポノポノは一種のファッションと同じように見えます。その理由は深いところまで達して、根の部分を矯正できないからです。本当に修正できたら、その日から一生変わるのだとおもいます。
日本には世界のどこにもない、「和の精神」、「控え目に生きる」、「心を正す」、「気配り」、「我が身を振り返る」など、世界に比類ない多くの有効な教えや人生改善の立派な理念があるのです。 そういう貴重な文化・風習を大切にしようではありませんか?
もういちど、こうした日本の優れた文化や価値観を見直して、私たちの人生がより輝くように、毎日の生活の中で取り入れようではありませんか? 「原因・結果の法則」を身につけていれば人間は正しく生きられるのだと、思います。
