Shigeharu Kato OFFICIAL BLOG    -3ページ目

シカゴのオヘアでハリケーンの影響で約18時間拘束されていて
ようやくラスベガスに着きました。

1日半OFFになって
LSDをメインに筋肉を柔らかくして汗をかくようにアクティブレストをしていました。

夕飯を今から食べますが、
意識している事を書きます。
食べたものからしか体は出来上がりません。筋肉だけでなく脳みそ、骨、神経全てです。
よく筋肉だけを理解して「体」と表現されている事が日本ではありますが、
それは視野が狭い見方であって結論間違っています。
強いて言うなら母胎の中での栄養から体の発育は始まっている位食事と体の影響は色濃いです。

練習の量
練習の質
練習の強度
練習の意識
日々の意識
毎日の取り組み方
時間への価値観
経過する1秒への恐怖感
知識や環境への惜しむ気持ち
指導者や今日という日への有り難み

書けばキリがないけど、これを読んで「わかる」と共感出来る人間なんか殆どいないだろうし、「何も響かない」既に死んでいるアスリートはそれ以上殆どだろう。

全て当たり前に存在していない現実の上に自分の取捨選択を許されている事実に気が付いている人間は今日を惜しみ今が輝いている。

今日のご飯で意識したのは食材の種類と調理法
基本的に僕は味付けを薄く、食材だけを極力素材のみに油を少なく茹でる、焼く、煮る料理しか食べない。
そして加工の手間が少ないものを選ぶ。
これは上記のような調理法に起因するけれど、お菓子は勿論、練製品、〜料理のような調理の手間が込むもの、漬け物のような味の染み込んだものも食べない。
サラダはドレッシングにフォークの先端をつけて野菜に差して食べる。

今夜の献立は
炭水化物(玄米)
タンパク質(ビーフステーキ、牛の赤ワインフルーツ煮)
炒め野菜(ブロッコリー、ズッキーニ、玉ねぎ、人参)
生野菜(白菜、ほうれん草、カリフラワー、トマト、)
焼き野菜(カボチャ、ナス、ブロッコリー、芽キャベツ)
発酵食品(ひよこ豆の味噌カレー)
フルーツ(スイカ、キウイ、イチゴ)
オレンジジュース
炭酸水

明日はIMPACTに合流して3部練。

プロテイン以外に1日5000kcalはとります。それだけ動くという事、
カロリーレスになり痩せてしまっては糖新生しかり怪我を招く。
フィジカル、スピード、スキルはこのアメリカでは全て世界一の水準で両立されている

マインドやニュートリション、スキルなどまた気が付いたら事を書いていきます。

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帰国してから

羽田空港のホテルに宿泊してまた再度フライトをする。


日本全国クライアントが待ち焦がれてくださる事実に幸せ以外を感じない。

またアメリカの地を踏めたのも全ては自分を支持してくださったこの方達がいるからだ。


前回のblogで憧れる画面越しの世界とリアルの世界の話をしたけれど

僕は世の中1番信用のおけるものは過ごした時間とそれに伴って成った形が全てだと思っている。


アメリカ贔屓をしているわけでも祖国を悪く言いたいわけではない

だけれど、やはり全てにおいて小さく未熟だ。

それはこの2023年でも「井の中の蛙」という表現がぴったり当てはまっている。


ミーハーがマジョリティの中で、リアリストとしての生き方はマイノリティになる

マイノリティはマジョリティの中にいればストレスになる。これが僕が日本から出てアメリカに行ったシンプルな理由だ。


国内での拍手は国外のため息に変わる現実がバスケットボールの業界にはずっとある

こんなにもこんなにも業界全体が努力しているように見えるのに‥


日本にいる間何故バスケットに携わらなかったのか

それは‥

「日本人初のNBA」「NBAに最も近い」という名前がどれだけの選手に使われたのか。


世界と日本は時間軸も実力も違いすぎて同じ物差しで測れない。測れない全ての原因は自分達自身で手に取ってこれない実力不足と価値観がお家芸贔屓すぎる国民習慣が原因だと思う。


身内を贔屓しすぎて大元をディスリスペクトしてるよ。

「馬鹿だな‥」

とシンプルに思っていた。


そして実際は努力しているようでも周りは遥か先もっと努力している。

それがこの現実の原因




実力がないからSNSに生きて画面越しに情報依存してリアルを生きられない

全てはリアルから始まらなければ何も現実は有り得ない。

「色々な考えがある」

という言葉に対して僕は「色々な考えは無い」と思っている。


色々な考えという表現は限定されたレベルの中で人が坩堝になっている状態で生まれる

したがって色々な考えを理解出来ているうちは上には上がいてまだ努力と研鑽をしなければいけない途上な状態という事だ。

突き抜けようとしてる状態での考え方は1つしかない。




自分は自分で自分の生き方を好きに決めれる力が欲しかった。

歩く道に障害があればどんなものも除ける力を持つ自分になりたかった。

自分が右に行きたければ左に行かねばならない状態でも右に行ける力が欲しかった。

そして

それらの力を自分の家族やまだ見ぬこれからの未来へ活躍せんとする人に見せ、教え、また未来からその先の未来へと、人が人生を懸けて追うに相応しい背中を作る事をしなければならない。


最良の強者から最良の強者へ


正しく教え、愛を捧ぐ事


これは僕がずっと今迄の人生してもらった事だ。


1番最初に見たNBA選手はドゥエイン・ウェイド。

1番最初に兄弟の様に目をかけて可愛がってくれたのはウィル・バイナムだ。

何者でもない自分を何者かにしてくれたのは間違いない「最良の強者」であった彼等


今自分は最良の強者として背中を見せて走れる限り道標になる必要がある。

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31歳を迎える年に右足の深刻な怪我をした。

再起は不能と術後の経過が順調でもトップレベルでバスケットボールをするには関節の可動域制限が左右あり過ぎてプレーに癖が大きくあり、自分のプレーが達しなければいけない水準とかけ離れていて失望を通り越して引退という現実を受け入れた。


全てをかけてアメリカで作り上げた人生のレールはいきなり幕を閉じた。

自分の人生を全力で応援してくれていたコーチやGM、トレーナーやエージェントにも全員に満足に別れも言えない様な状態のままだった。

当然自分の名前やユニフォーム、バナー、実績全てをアメリカに置いてきたまま

日本で1社会人として生きる人生を半ば強制的に選ぶ道に切り替わった。


社長に成り

この7年でビルを3つ作った。

純粋なトレーニングの会社が事業を専業として大きくする事はなかなか業界見渡しても出来ない。

基本資金の出所は他業種からの場合が多い。

専業によるプロフェッショナルな集団でありプロフェッショナルがプロフェッショナルを育てる会社はどれだけ人の出入りが激しくてもブラさないポリシーだった。

ポリシーを変えるくらいだったら破滅した方が良い。と今でも思っている。

本物としか居ない人生で本物思考しか持たない人間は時として

勉強代としてはあまりにも高すぎるミスチョイスを、業者やビジネスパートナーの選定をする。その都度偉大な先人に助けていただき必死で社長として指導者として「先生」と呼ばれる立場で在った。

やるからには負ける事が嫌いで唯一無二で在りたい性格はどの業界でも変わらなかった。

3つ目のビルを作った際にCovid-19の世界に様変わり、目の前は真っ暗になった。

自分の中で色々な社会問題より、帰えれないと勝手に思っていた筈なのに‥帰る場所に行く道が閉ざされた喪失感を強く感じ無気力になった。


有名にならなくて良い

誰もが知らなくて良い


だが対峙すれば何処の誰にも負けない圧倒的な強者な自分


というものが人生の理想にある。


燻っていた自分にいつもアメリカの友人達からはメッセージやコメントが来ていた

「社長。英語で〜さんから連絡がきていますけれど」と言われたのは数回というレベルではない。

けど気が付かないフリをしていた

理由は自分自身よくわからなかった。

今思えば燃え尽きたフリをしていのかもしれない。



8年振りの家に帰った。

自分はアメリカに育てられ、アメリカの地でキャリアを作り、アメリカ人を筆頭にヨーロッパやアジア、白人黒人関係なくたくさんの人種に支えられて、彼らの生活と人生をプロフェッショナルとしてバスケットボールという競技に反映し背負ってきた。

NBAというバスケットボールの世界に生きる場所を一択にした人生を歩んできた。


どこかいきなり仕事を取り上げる事になってしまった負目や

彼らの‥勿論自分=と成っているIMPACT BASKETBALLの期待や加藤繁治を1年目から拾いアメリカに引き寄せてくれたティムグローバーに対して直視出来ない罪悪感があったのかもしれない。


「シゲハルー‼︎‼︎」と大声で名前を呼ぶのは今はGMになったデイビッドだった。過去「お前はアメリカでバスケットをするべきだ。デカ過ぎる器を満たす水を入れられるのは、帰りたい祖国じゃない、此処アメリカだ。苦しくても俺たちを信じて頑張れ。メイクマネー、メイクライフ、メイクエブリシングだ。」と現実に直面する自分を1番プッシュしてくれた友人だ。

当時のリーグ連覇をしたエリックスポールストラやクリッパーズのティロンルー、スパーズのグレックポポビッチ達との出会いをくれたのもオーナーのジョーをはじめ彼だ。頑なにNBA一択だった自分にモスクワやオリンピアのヨーロッパを勧め諭してくれる冷静な一面とバスケットボールという世界で電話一本で人とチームとお金を動かす尊敬する人間だ。


ジムに入って瞬間に

どこか申し訳ない気持ちがあったが

ずっと、ずっとぽっかり空いたずっとどんな水も満たなかった自分の器に満ちていく感覚があった。

全員顔も知らないコーチ達が自分を知っている。申し訳ない気持ちより「コンテニューしている」事

バスケットボールを辞めるという自分の選択肢を認めていない事を理解した。


今回自分が20代の頃にバスケットを教えていた当時中学2年生だった永倉銀史を一緒に帯同させていった。

「僕は本当は足のサイズは27.5位なんですけれどハルさんからいただいたシューズが28なので今まで何も考えず28をずっと履いていました。」と言われた。

おおよそ10年振りに会った大人にだ、

「いただいたテーピングの後がついているサンダルは今でも履いています。」とも言われた。

見えない背中を追い続けるということは誰にでも出来ることではない。出来ない方が圧倒的に多い。


10年振りに出会った際

「ハルさんはやっぱりアメリカに居ないと違和感があります」

と言われたのが今回の渡米を決めた決定的な理由だけれど

「海水の魚は淡水に住めない、生きづらいのは申し訳ないが淡水に来ているお前が悪い」

「誰が正しい誰が間違っているではなく、棲み分けができているところに間違って入れば、それは秩序とすればおかしくなるだろ?」

と理解者として日本に帰ってきてから、まだ全力で走れないような状態の時から、アメリカに戻れと言っていた先輩がいつも話してくれる言葉も時間が経って理解ができたということもある。


IMPACT BASKETBALLに帰り

再度3年契約としてプロとしてプレーをする事になった。

理由は

永倉銀史に自分の持っているものを伝え渡すにはプレーをしなくてはいけない現実がある事。


そして

プレーをする事で過去と今がクロスオーバーし

ドン底から最高の時代を知っている人全て、僕という人間を信じて支えてくれた家族を頷かせる事が出来る事


バナーがまた再度出来ること、4月にはまたチーム面談とワークアウトがある。

今NBAに行きたいという思いでプレーをするわけではない。苦しい並大抵な道でない事はわかっている。

だけれど

家族達の目に映らせるLIVEを自分は今作る義務がある。



そして

Legacy  League

というエリート向けのバスケットボールコンテンツを永倉銀史と立ち上げました。


NBAのバスケットボールノウハウとエビデンスを臨床から取り入れ

NCAAとのリクルート

IMPACT BASKETBALLのワークアウトエビデンスとキャンプ

IMPACT PERFORMANCEのトレーニングエビデンス

SIGNATURE GYMのバスケットボールスクールエビデンス


を僕含めてアメリカ⇄日本へ永倉銀史と一緒に伝えていきます。

今回一緒に帯同した銀史にはカーメロアンソニーのトレーニングコーチを紹介して一緒にトレーニングをした、大矢かのんにはWNBAの去年優勝メンバーであるジャッキーヤングを紹介し、NCAAのリクルートを渡した。

SNS越しに見る憧れは現実を生きる世界の人間からすれば行動と結果に成りすぐに現れる。

「住む世界が違う」から「夢を追い続けられる人生へ」


詳細はまた後述のInstagramFacebookから記載していきます。

公式のInstagramが出来るまで僕と永倉銀史のSNSで告知して参ります。


皆様今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

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