「ミュージックライフ1967年11月号…ピンク・フロイドをロンドンで取材(1)」からの続きです。
この12月号には、星加編集長と長谷部カメラマンによる9月のロンドン取材旅行の、続編が載っています。
ローリング・ストーンズ/スコット・ウォーカー/ジョン・ウォーカー/フラワー・ポットメン/スコット・マッケンジー/ビートルズ/モンキーズ/ジョン・セバスチャン/クリフ・イン・ジャパン
〈グラビア〉
スタジオのジョンとスコット/さよならエプスタイン/ジョン夫妻とクルマ/How I Won The Warのプレミア/クリフ・リチャード/ママス&パパス/〈女性歌手7人集〉ビッキー、ツイッギー、マリアンヌ・フェイスフル、ナンシー・シナトラ、ボビー・ジェントリー、ブレンダ・リーのレコーディング、ルル/ザ・フー/キンクスとファッション/ソニーとシェール/アソシエイション
P84からの〈星加編集長のロンドン取材旅行(2)〉にインタビューで登場するのは、レッグ・プレスリー(トロッグス)、ミック(デイブ・ディー・グループ)、そして、ピンク・フロイドです。
P84
レッグ・プレスリー、ミック、
ピンク・フロイドとロンドンのファッション
ピカデリーの裏通りにあるセビル・シアターの看板
10月1日の夜にフロイドが出演するというスケジュールが読めます。
前号11月号掲載インタビュー:ビートルズ、ウォーカーズ、クリフ・リチャード、ホリーズ、トム・ジョーンズ
12月号:前述の通り
次号1月号掲載インタビュー:ビージーズ、プロコール・ハル厶
P85
トロッグスのリードヴォーカル、レッグ・プレスリーへのインタビュー・レポートの本文から少々引用します。
私 ところで、レッグ、“トロッグス”というのはどういう意味なの?
(彼は待ってましたとばかりに、ニヤリと笑って座り直しました。)
レッグ きっと、あなた達の国にもいましたよ。ずーっとずーっと昔、人間が穴の中で生活していたのを知ってるでしょう? 一番最初の人間達、それをトロッグスと呼んでいるんです。実に素朴で、生きることに専念していた人間ですよ。あなた達の国では何んと呼んでいるの?
〈レッグ・プレスリーの意外な素顔〉の章より
レッグ・プレスリーは、トロッグスのリーダー格。このインタビューは、星加編集長が泊まっているホテルをレッグが訪れてくれて行われたということです。
トロッグスといえば、「恋はワイルドシング/Wild Thing」の大ヒットが思い浮びます(1966年)。
最近になって知ったのですが、このバンド、今でも健在なのですね。
でも、やっぱり当時の映像を見てみたくなります(イントロが欠けてるのがちょっと惜しいけど、やっぱりカッコいい!)
The Troggs - Wild Thing (02:20)
これは、ロンドン到着翌日の9月13日、星加編集長が宿泊ホテルからも近いフィリップスのレコーディングスタジオを訪れてのインタビュー。
当初はリードヴォーカルのデイブも同席するはずだったのが、プロデューサーの用事があって、ドラムスのミックとの単独対談になったようです。
デイブ・ディー・グループの、ミックへのインタビュー・レポートの本文から少々引用します。
私 今日レコーディングしている曲は何んというタイトルなの?
ミック “Zabardak”という曲さ。
(中略)
私 今、日本じゃ「OK」がとっても、はやっているのよ。
ミック (びっくりしたように)本当? それはすごいや。
私 だから是非日本へ来てね。
ミック デビュー曲の「ホールド・タイト」はどうだった?
私 残念ながらあんまり……
ミック 「セイブ・ミー」は?
私 (私が首をかしげると)
ミック 「OK」がもっともっと日本でヒットするように、是非協力してね。
〈レコーディング中だったデイブ・ディー・グループ〉の章より
ここで話題になっている「OK」については、最近、意外なことを知りました。
この曲は、日本ではグループサウンズのカーナビーツが3rdシングル(67年10月発売)でカバーしていたのですが、訳詞を星加編集長が手がけていたのです(歌詞検索サイトを見ると出てきます)。
B面のポール・アンカのカバー曲「クレイジー・ラブ」も訳詞が星加ルミ子氏。そもそも、バンド名のカーナビーツを命名したのが、星加編集長だったのです(これはWikipedia情報)。
この方は、学生時代からミュージックライフの編集部でアルバイトをしていたそうですが、その頃の編集長だった草野貞二氏が漣健児のペンネームで訳詞家として大活躍していたわけですから、納得がいきます。
ちなみに星加編集長の訳詞も、カーナビーツだけではなく他にも何人かの歌手によってレコード化されています。
ミュージックライフって、作詞家が作っていた音楽雑誌だったのですね。
デイブ・ディー・グループは、「OK」も楽しい曲ですが、日本ではこの曲「キサナドゥの伝説」もヒットしました。
Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tich - The Legend Of Xanadu (TOTP 1968) (03:28)
星加編集長は、9月13日に会うミュージシャンとして、昼間はデイブ・ディー・グループ、夜はピンク・フロイドというスケジュールを組んでいました。
フロイドへのインタビューの場所は、彼らのライブをやっているクラブ“タイルズ”のバックステージ。この号の写真は、ひとつ前の11月号カラーグラビアP25に載ったものを、モノクロで再録しています。
67年12月号P87
67年11月号P25
では、フロイドへのインタビュー・レポートの本文から引用します。
ロンドンのオックスフォード通りとニュー・ボンド通りが交叉しているところに“タイルス”というクラブがあります。一ヶ月ぐらい前に出来たばかりというこのクラブは、サイコデリック・ミュージックばかりを演奏しているところで、レギュラーの出演者がピンク・フロイドでした。
(中略)
中へ入るとまっくらで、一瞬方向も判らない位ですが、およそ50坪位のだだっ広いホールに30人程のお客が立ったまま向こうを向いています。その頭の間からうす暗くほの蒼いステージがみえピンク・フロイドが演奏していました。
イスはほんのニ~三脚のベンチがあるだけで、お客は立ちっぱなし。前の方へ行ってみると、そのステージに再び仰天しました。細長い狭いステージのバックにはスクリーンがかかり、人間の脳が拡大されて写されています。そこにはうす蒼いライトがあたり、ステージの下からは赤、青、黄のライトがてりつけ、ミラーボールに反射してステージ中がダイヤをちりばめたようにキラキラと色が交錯し一瞬不思議な心持ちになってしまいました。これが幻覚作用というものなのでしょう。
思い思いの奇抜な服装をした若者たちが、陶酔したようにステージをみつめています。ひき込まれて行くような不気味さは照明やスクリーンのせいばかりではありません。ピンク・フロイドの演奏も、いつ終わるともなくつづけられ、演奏している当人達も目をつぶり暗示にかかっているように演奏を続けているのです。
〈サイコの人気者 ピンク・フロイド〉の章より、その1
インタビューの前にフロイドのライブを体験した星加編集長の気分に合わせて、同じ時代のライブ映像を見ておくことにしましょうか。
Pink Floyd With Syd Barrett - Interstellar Overdrive-Part 1
では、フロイドへのインタビューから引用します。
彼らとのインタビューの時間はステージのはねる9時半でしたが、興がのったのか、ラスト・ナンバーは30分もえんえんと続けられ、やっと10時ちょっとすぎに楽屋へ戻ってきました。
長く伸ばした髪の毛が熱演でぐっしょりぬれ、顔一面汗の玉がふき出していました。
丁度東京のジャズ喫茶のように落書きだらけのせまい楽屋へ、4人はドッカリと腰を下し、口をきくのもおっくうだといように手ぶりでロード・マネージャーに飲み物をもってくるよう合図していましたが、私に気付くと、ハーイという風に手をふりました。全員派手なシャツ・スタイルで、まさにサイコデリック・スタイル。コークをらっぱのみしている4人からメッセージをもらいました。
まずロジャー・ウォーターからです。
「ミュージック・ライフ愛読者の皆さんハロー、ロジャー・ウォーターです。初めて日本の皆さんにハローというのですが、あまり日本についての知識がないので何を話していいか判りません(笑)。とにかく、ぼく達のレコードをよろしく」
次はシド・バレットです。
「えーと、あのー、どうしよう」とっさにマイクをつきつけられて面くらったのかシドは目を白黒させてしばし言葉につまったようでしたが「こんにちは、日本の皆さん。ピンク・フロイドのシドです。ぼく達の憧れている東洋に是非近い将来行ってみたいな。よろしく」とのことでした。
三番めのピンク・フロイドはニック・メイソンです。
「ハロー、リーダーズ、ニックです。ぼく達はこれから6ヶ月間イギリスでショウをしなければなりません。それにこのクラブ・タイルスの契約もあるので、日本へ行くのがずーと先のことになりそうで残念です」
そして最後はリック・ライトで「サイコデリック・ミュージックは日本でもさかんですか? ぼく達のレコードをきいてくださった方がいたら是非手紙を下さい、ぼく達が日本へ行った時にディスカッションもしたいですね。バイバイ」
〈サイコの人気者 ピンク・フロイド〉の章より、その2
なんかみんな初々しいというか、でも、ニックがいちばん大人っぽいというかリーダーみたいなコメントをしていますね。シドが東洋に関心を持っていたのは、易学の本からとったという曲「Chapter24/第24章」からも想像がつきます。
ロジャーとリックの言葉に出てくるレコードとは、日本での発売が決まった「エミリーはプレイガール」のことでしょう。
このロンドン取材レポートの第1弾が特集された10月下旬発売のミュージックライフ11月号には、「エミリーはプレイガール」が新譜紹介で登場していました。
〈丁度東京のジャズ喫茶のように落書きだらけのせまい楽屋〉……ライブハウスの楽屋は、むかしからどこの国でも同じなのでしょう。90年代の原宿クロコダイルの楽屋にあった落書きを思い出してしまいました。すでにメジャーになっていた米米クラブのメンバーのサインも壁の落書きにあったのです(基本的には出演者が書いているんですよね)。
小さなハコだと楽屋がなくてお店のテーブル席のひとつが楽屋席になったりするので、ミュージシャンと話ができる機会も多いものですが、楽屋のあるクロコダイルでもそうでした。あのお店は一般客用化粧室のドアの隣が楽屋のドアだったので、男性用女性用の二つだと勘違いして入ってしまうひとが少なくなかったのです(最初はわたしもそうでした)。たいていのひとはその狭さに驚くようです。二人が椅子に座ったら、あとは一人か二人が立っているのがやっとというぐらいの空間でした。米米クラブぐらいの大所帯では全員が入りきれなかったでしょうね。
P88
P89
私 このクラブはいつ出来たの?
ニック 三ヶ月前だよ。ぼく達はここの専属で、毎週金、土は8時から3時まで演奏しているんだ。
私 いつもバックにスクリーンをはって、ああいうスタイルの演奏をしているの?
ロジャー そうだよ、開店した日は、がい骨の踊りを写したんだが、不気味でウケたよ。
私 観に来ている人達はLSDなんて飲んでいるのかしら?
ロジャー 飲んでいる人もいるだろう。でも殆んど飲んでいないよ。だから少しでも幻覚作用を味わおうと、ぼく達の演奏をききにくるのさ。
私 サイコデリック音楽って具体的にはどういうものなの?
ロジャー 君も時々違う人間になりたいと思わないかい、人間じゃなくってもいい、たとえば鳥とかなにかに。でも鳥になるのは不可能だろう? だから、鳥になったような錯覚を起こさせて、一時的に現実逃避をはかるのさ、それを薬じゃなくって、音楽でやろうというものさ。
私 へー、(皆さんわかる?)そういえばあなた達の演奏はかなり変ってたもの。
シド ぼく達は新しい試みもしているのさ。今まで出せなかった音を出してみるとか、人間の耐え得る最大の音を出してみるとか、だからリズム・セクションは常に一定のリズムをきざんでいくけど、ギターはしょっちゅう違う音を出してるんだ。気が向けば一曲30分から50分かかることがある。
ということなのですが、何にせよ、ピンク・フロイドの人気は上る一方で、彼等のイミテーション・グループもでる程のすさまじさ。日本でも「エミリーはプレイ・ガール」がやっと発売されましたが、私は彼からもらった「ピンク・フロイド」というLPを目下勉強中です。
「ピンク・フロイド」というLPは、『The Piper At The Gates Of Dawn』のことでしょう。イギリスではこの取材の1ヶ月前に発売されたばかりです。
ニックの言葉からは、このインタビューの後も、またステージに出ることがわかります。ものすごくいそがしい時期だったんですね。
ロジャーのサイコデリック・ミュージックについての説明は具体的で、ここでようやくリーダー格らしいところを見せてくれています。
シドの説明は、演奏する側の感覚で、興味深いものがあります。音の限界みたいなものに挑戦してみるというこの姿勢には、ふと、天才的なレーシング・ドライバーだったジル・ビルヌーヴを思い浮かべてしまいました。
ジルは、70年代のF1でフェラーリに乗っていたレーサーです。夭折した彼のことを関係者が語る本のなかで、チームメイトのレーサーが話していたのです。新しい車に乗るレーサーは徐々にスピードを上げてみるものなのに、ジルはいつも、最初に思いっきりスピードを上げてどこまで速く走れるか、どこまでやったらクラッシュするかを見極めてから、マシンの扱い方を決めていくというのでした。
お話はまたミュージックライフに戻ります。
次の号、68年1月号には、〈星加編集長のロンドン取材旅行(3)〉として、ビージーズのインタビュー記事が載っています。
プロコール・ハル厶への独占インタビューも掲載。
わたしの手元にある古本の一冊、目次のページには、カラー・グラビアにピンク・フロイドの名前が含まれているものの、誌面には登場していないのです。ポール・リビアとレイダースについても、そうです。目次の校正が間に合わなかったのでしょうか。ちなみに電子書籍版(iPad/iPhoneアプリ)の1月号も同じようになっています。
ポール・リビアとレイダーズ/アソシエイション/
ビー・ジーズ/ボビー・ジェントリー/ルル/
ポール・ジョーンズ/アニマルズ/ピンク・フロイド
実際のカラーページ
モンキーズ/ザ・フー/クリフ・リチャード/ストーンズ/
スモール・フェイセス/アソシエイション/
ビー・ジーズ/ボビー・ジェントリー/ルル/
ポール・ジョーンズ/アニマルズ/
ライチャス・ブラザース/ムーブ/ヤング・ラスカルズ
〈グラビア〉
ウォー カー・ブラザース来日(本誌特写)/ビートルズの意外なファン/リンゴ出演映画「キャンディ」より/ビートルズ経営スーパー・マーケット/アップル誕生/ モンキーズが独りの時/人気スターから ハッピー・ニュー・イヤー/ポップス界 似たもの同士/今年はぼくらのサウンドで ドノバン/ウィッシュフル・シンキング、デイブ・ディー・グループ
〈特集〉
特集・ウォーカー・ブラザーズ ニッポン日記/本誌独占スクープ ゲイリーが日本でレコーディング/スコットがプロデュースと作詞を担当/ポール、いよいよ決意/リンゴ インタビュー/ローリング・ストーンのヒット曲の秘密 他
カラーページのフロイド、上のほうの写真は、コスチュームが11月号掲載の楽屋の写真と似ているので、ミュージックライフの取材旅行のときに撮影されたものではないかと思ったのですが、そうではありませんでした。
同一のステージを撮った写真が2004年発行のニック・メイスン著『Inside Out - A Personal History of Pink Floyd』P.80 - 81に掲載されているのですが、その説明文には、1967年7月のTV番組“Top Of The Pops”に出演したときのもの、という記載があります。
(この写真の件については、12月26日の記事「ニック・メイソンが初めてドラムを買った楽器店の経営者に■andミュージックライフ1968年2月号」でも書いています)
なお、きょうの記事のなかで引用した、67年12月号掲載ピンク・フロイドへのインタビュー・レポートについては、シンコーミュージックによる電子書籍『MUSIC LIFE + vol.5』(iPad/iPhoneアプリ 2011年10月発行)に全文が再録されています。
関連記事:
ミュージックライフ1967年11月号…ピンク・フロイドをロンドンで取材(1)













