プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum -146ページ目

プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum

  
【ピンク・フロイドについて語り合おう】
【プログレ、ジャケットの名盤】その他のログを読みながら
プログレッシブ・ロックとオールディーズの魅力再発見の日々……
〈ザ随筆〉での執筆記事も再録準備中.

 

この記事は「ロジャー・キース・バレット(シド・バレット)_1」「ロジャー・キース・バレット(シド・バレット)_2」の続きを兼ねています。


ピンク・フロイド関係のリンク集を作り直そうと思い立って一ヶ月たちました。ようやく着手したのが昨日のことなのですが、たまたま辿り着いたファンサイトのひとつ
Floydian Slip〉に、9月20日付けでこんな見出しの投稿がありました。

Early Pink Floyd house sells for £1.2 million

http://megalodon.jp/2012-0925-0711-38/www.floydianslip.com/news/2012/09/early-pink-floyd-house-sells-for-1-2/


ロンドンのハイゲートにある、ヴィクトリアン様式の三階建ての家。
ここは、のちにピンク・フロイドとなる四人、ロジャー、ニック、リック、シドが1960年代の中頃に下宿していたところです。
家主のマイク・レオナードは大学の講師も務める建築家で、地下室を練習に使わせてくれて、ステージ用の照明装置でも四人をバックアップしていました。
Floydian Slip〉の記事によると、10日には売りに出されていたこの家を買ったのは、フロイドのファンではない女性の実業家だそうです。

記事のニュースソースはニック・メイスンの公式Facebookということで、久しぶりに見に行ったら、家が売りに出された話で12日に、買われた話で20日に、ニックのコメントがありました。
https://www.facebook.com/NickMasonDrums
ニックは、あの庭には当時乗っていたアストンマーチンのボンネットが埋まっているとか、屋根裏にはBinsonのエコー・ユニットが残っているとかを書いています。ほかにもいろいろと思い出の多い場所ですから、感慨もひとしおだったことでしょうね。


ここには、なつかしい時代の写真数枚といっしょに、誰が加工したのかなんともアイロニカルな写真も載っていますが、ニックとしては、めちゃくちゃ悲しいぜ、なんかこう、やけっぱちで笑い飛ばすしかないよなぁ……と言いたいのでしょうか……。



9月10日のEvening Standard紙の記事も見て、昨日初めて知ったのですが、マイク・レオナードは今年の初めに他界していました。
彼は、(シドの伝記本やニックの著書によると)ロジャーたち四人が二十歳前後だったその当時に三十代半ばぐらいですから、だいぶ高齢にはなっていたわけですが……。

 

マイク・レオナードは、2001年にBBCで放映されたドキュメンタリー『The Pink Floyd and Syd Barrett Story』の中でも、当時のシドたちを語る一人として登場しています(2003年DVD発売)
ご冥福をお祈りします。

そういえば、シドが他界した後にも、住んでいた家が売りに出されたとかのニュースを読んだことを思い出しました。2006年のことです。
ザ掲示板のスレッド「ピンク・フロイドについて語り合おう_Part.2」のログから引用します。


[344] はるか 2006/09/07 11:05

>>343
> DVD『P・U・L・S・E』は9月6日に3枚組で発売されます。
昨日だったのですね。
わたしは今月下旬になりそう・・・
自分で自分にプレゼントするつもりです。バースディなので。

あと、今気がついたのですが、9月6日ってロジャーのお誕生日(^.^;)

シド情報ですが、先月の終わり頃から、ケンブリッジのシドの家が売りに出されているそうです。
£300,000 (USD $571,500) \66,023,728(今日のレート)
シドのことを深く考えてくれる人の手に渡って欲しいものですね・・・


[345] 白蛇 2006/09/18 10:10

9月8日、満を持して行きつけのCDショップへ...あれ? ない!
『P・U・L・S・E/驚異』は6日発売では? 売れ切れか?

(ToT)...残念。9月20日に延期されたんですか。しかも2枚組で。

ところで、「レコード・コレクター」誌10月号にシドの特集記事が掲載されていました。
それほど目新しい記述はないのですが、“シド・バレットの影響下にある80年代以降のアルバム”という記事に興味をそそられました。ここに紹介されている15枚のアルバムを、恥ずかしながら私は1枚も知りませんでした。
また、“シド・バレット的サイケデリアを感じさせる同時代の30枚”の中のアルバムも1枚も聴いたことがありません。アーティストでも知っているのは、Tyrannosaurus Rex、Roy Harper、Hawkwind、Ron Geesinぐらいです。

同誌にはシドのディスコグラフィーも出ていますが、これには私の知らない音源はありませんでした。(持っていないものはもちろんありますが)
ただ、ちょっと目を惹いたのは『CRAZY DIAMOND~THE COMPLETE RECORDINGS』の紹介記事の中で、「2枚のオリジナル・アルバム各曲の音源データが詳しく記載されている」というもの。このCDは、内容的に未発表音源があるわけでもなく、それほど欲しいとは思っていませんでしたが、こういう資料が出ているとなると話は別。ぜひ入手したいと思いました。

同誌を読んだあと、あらためて『Tonight Let's All Make Love In London~London '66-'67』を観てみました。“Intersteller Overdrive”と“Nick's Boogie”の激しいインプロヴィゼイション、シドのプレイにまたもや衝撃と感銘を受けてしまいました。

もしも、彼がフロイドを率い続けていたならば、決して『狂気』も『P・U・L・S・E』も生まれてはいなかったでしょう。(当たり前と言えば当たり前ですね)



シドを論じる雑誌の記事などでよく見かけた言葉……シドがそのままいたらフロイドの将来はなくシドがいなかったらフロイドは生まれなかった……、確かにそうなのですが、ソロアルバムでフロイドの四人が手を貸した後は音楽では直接的につながることはなかったものの、心の友として切り捨てられたたことはなかったと思います。

〈追悼シド・バレット〉の文字が表紙にある、レコードコレクター2006年10月号は、わたしも持っていますが、内容をちゃんと読んだのは買ってからだいぶ経ってからのことでした。
他界の直後は、曲を聞くことはできたけれど、映像は見るのがつらくてだめでした。
70年代には後追いとはいえソロアルバム二枚を聴いていたのですが、シドのブート音源まで探すほどになったのは、今世紀になってからです。
コンピレーションアルバム『エコーズ - 啓示』(2001)の編集構成がシドに捧げる長い手紙のように思えていて、2004年にピンク・フロイドについて語り合おう(旧板)」と出会ったのがきっかけで、フロイドをまた聴きはじめたのでした。

フロイドの初期のシングルとアルバムのジャケットには、シドの描いたイラストが登場しています。



夜明けの口笛吹き』の裏面と「シー・エミリー・プレイ」の表面……どちらも、なんとなく未来を切りひらくっぽいイメージという感じがします。
晩年は絵を描くことが趣味になっていたというシドの、水彩や油彩の作品についてもお話ししたくなってきましたが、それはまた別の機会に……。