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プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum

  
【ピンク・フロイドについて語り合おう】
【プログレ、ジャケットの名盤】その他のログを読みながら
プログレッシブ・ロックとオールディーズの魅力再発見の日々……
〈ザ随筆〉での執筆記事も再録準備中.

 
 
 
「ピンク・フロイドについて語り合おう」。
ザ掲示板のこのスレッドでは、ときにはフロイドのことから離れて、同じ頃に人気のあったプログレッシブ・ロック・バンドのことや、70年代のロック状況等々、さまざまな話題を語り合っていました。


今回引用するのは、ブルースの歴史、ジャズの歴史、ロックの歴史……というか、ブルースというジャンルはどういうふうにできあがったのかというルーツを語るパートです。
常日頃デヴィッド・ギルモアのギターにブルースを感じる方が少なくなかったりして、それで話題がこういう方向に流れたのだと思います。

ただ、そういった別件の話題も、フロイドのことを語りながら同時進行で語られているところもあり、長文の多いスレッドですから、引用も少々長くなります。
途中で休憩をはさんで、フロイドのデビュー前の曲を聞くとかにしますので、興味のある方はどうぞ……。

話題の流れとしては、こうです。
読んでいた音楽雑誌→フロイドの曲の邦題→
ザ・ウォールとトミーの比較→ポンペイのライブ→ピンク・フロイドのバンド名→初期フロイドのブルース志向→(休憩)→ブルースのルーツ→黒人霊歌→ジャズの発祥(休憩)R&Bからロックへの道のり




[43] ヒロ 2004/04/06 11:55

初めまして。私がフロイドを知ったのは山川健一という小説家が出していた『ニュールーディーズクラブ』という雑誌でした。好きなのは『おせっかい』です。邦題がいいですね、フロイドは。



[44] ナガフキン 2004/04/06 13:47

>>43  邦題がいいですね、フロイドは。
そうですね。とは言っても全部原題の直訳ですけどね。「原子心母」もそのまんまだし。
やっぱフロイド自身がつけたタイトルがすごい!って事じゃないですかね。
「お皿いっぱいの秘密」ってなんのこっちゃ!
「ウマグマ」なんてすごい意味があるんだってね。



[45] はるか 2004/04/06 18:05

>>43
最近音楽雑誌って読んでない…(^_^;) フロイドのこと、どんなふうに書かれていたのかなー ヒロさん、よかったら教えて下さい。

>>44タイトル
マザーグースの国ですから(^_^;)深い意味があるのかもしれないし成りゆきでそうなっただけのもあるんでは…

フロイドに限ったことじゃないけど、歌詞やタイトルの、ダブルミーニングとか、暗喩になってることがらでは、お国柄のちがいで理解しきれないところもあるのはもどかしいです。でもしょうがないですね、そのぶん理解できるところを大事にしていくことにしましょう…

「ウマグマ」ってスラングだったと思うけど(わいせつっぽいとかの)、一種の洒落でつけたタイトルなんでしょうか…このアルバムってライブの曲は聞きやすいと思うけど、スタジオで録音した曲はあんまり聞き込んでないのでよくわかりませんーーメンバー各自の実験的な世界というか、音楽っていうより音っていう感じで味わうといいのかなー


[46] マルチオーディオ 2004/04/09 12:06

>>45
自分も音楽雑誌よまなくなりましたね!
ミュージックライフからはじまって音楽専科、ニューミュージックマガジンあらためミュージックマガジン、実家に20年分ぐらいあるけど、マガジンは年鑑を数年前までは買っていたが・・・今はもうってかんじだね!



[47] はるか 2004/04/09 23:08

ニューミュージックマガジン…たまに買うときは緊張したものでした、おとなっぽい専門誌って感じで(笑)。
ミュージックライフ以外だと、クロスビートとかバーンとか…結局同じ出版社でしたねー
写真が目立つとつい手が伸びたものです。あこがれっぽい気持も大きかったもので(^_^;)…

わたしの場合、何年かのあいだ聞かずにいた所為でもあるんだけど、例えば「ザ・ウォール」ならロジャーが歌詞を書いた頃の年齢に追いついて(追い越して)、ようやく壁の中の孤独の意味が解るようになったという感じがします(大人の方が孤独は重いというか…)。
他のアルバムもそうなんですけど、自分が若かったころって、味わうことより雰囲気にひたることのが多かったのかなー(-_-;) 
EL&Pなんかは早弾きとかのテクニックにも感動しましたけどね。

あ、そうだ、久しぶりに知ったメンバーのルックスにはちょっと戸惑ったけど、新旧の曲や写真にあれこれと接しているうちにすぐ慣れました(笑) 多感なころや若いころになじんだものってそういうモノなんでしょうねー


[48] ナガフキン 2004/04/11 15:14

最近はレコード・コレクターズ一本です。(気に入った号だけ)

>>47 「ウォール」のテーマってフーの「トミー」とか「四重人格」のテーマにそっくりじゃないですか?
誰でも一度は陥る「おれの存在ってなんなんだろー」、「世界が全部崩壊してしまえば楽になれる!」 なーんていう悩みは普遍的なもんだろうなあと思うし、ロックのテーマにもあってるのかも。
どちらかというとロックって後ろ向きって言うか、心のうっぷんの吐き出しという感じだな。
ロックが前向きになると、どうも「説教臭い」か「文部省推薦(死語?)」になってつまらなくなっちゃう。



[49] 白蛇 2004/04/11 15:32

『LIVE AT POMPEII』やっと見ました。
“Careful With That Axe Eugene” “A Saucerful Of Secrets”“Set The Controls For The Heart Of The Sun”は、やはり、いかにもプログレって 感じですね。

数年前まではBURRN!誌をよく読んでましたが、最近は立ち読みパラパラで終わってます。



[50] マルチオーディオ 2004/04/12 03:28

ポンペイの音ってリアルなんですかねえ?
足してるとか差し替えてるとかって情報ありますか?
アビーロードの録音風景は、自分には目からうろこです。
写真でしかみたことのなかった、VCS3にしても、ただ、もっとコントロールルームの中がみたかったなあ! アランもいたりしてね!?



[51] はるか 2004/04/12 09:37

「LIVE AT POMPEII」野外劇場でお客さんを入れない、映像で味わってもらうためのライブだし、フロイドと映画との関係というのも深いですねー。

「ザ・ウォール」は、当時は「トミー」のようなロックオペラという宣伝記事も結構見かけたような気がします。
でもトミーのほうは自力で立ち直っていくプロセスがあるけど、ウォールは映画の公開の後にロジャーが「ユーモアがなかったから失敗」ってコメント出したくらいですし、前向きとは言い難いですねー(^_^;)

もともと詩の場合は、うれしい時よりつらいときに浮かんでくるというもんでしょうし、つらいことを神様に向かって訴える黒人霊歌が人間に向かって歌うようになったのがブルースで、それがロックのルーツでしょう。フロイドとブルースの関係はそのうち考えてみたいところです。

プログレとかオペラではないんだけど、ロック系の映画だったら「ローズ」(1979) が感動でした。
(これもウォールと似てるんですけどねー(笑))



Pink Floyd - Comfortably Numb (1982 Film "The Wall" ) (06:43)



というわけで、ここからが、ブルース、ジャズ、ロックの歴史です。おおざっぱではありますが、わたしの場合は、よく聴きに行っていたブルースバンドが(ライブハウスやホールの客層によって)時折MCでレクチュアしていたことを元にして書き込んでいました。



[52] ナガフキン 2004/04/12 15:30

> 黒人霊歌が人間に向かって歌うようになったのがブルースで、それがロックのルーツでしょう。

まったく同感! 言い知れぬ差別と断絶(孤独感)からくる魂の叫びがロックの底に流れてるはず。
でもその辺「おちゃらけ」にしちゃってるんだなあイギリス人は(アメリカの歴史だからね、これは)、特にZEPあたりから。
猥褻な感じ(ブルースは正に猥褻・・・日本でも農村で堂々と春歌を歌う感じ、苛酷な労働の後はセックスなんだなあ)
と、厭世観からくるわざとらしい陽気さだけを取り出して作り上げた「えせブルース」とも言うべきロック。

っとここまで書いてここのスレテーマで自分で何が言いたいかわからなくなっちゃった。ごめん。



[53] CadmiumYellow 2004/04/13 14:43

フランス人が黒人奴隷にシャンソンを押し付けて生まれたのがブルースで、黒人奴隷がかってに楽器を鳴らして、死んでいった仲間達を弔ったのがジャズの始まりだ、と聞いたことがあります。

ブルースがロックの出発点?
そうなのかナァ・・・・・・

って事は黒人の音楽が????


[54] CadmiumYellow 2004/04/13 14:45

ブルースが大好きだったと・・・・・思ったけど。
で、フロイドの部分はブルース人の名前からとったと…



[55] ナガフキン 2004/04/13 16:14

シドの趣味で「ピンク何とか」と「フロイド何とか」というミュージシャンの名前を見つけて思いついたみたい。
精神分析者のフロイドをうまくもじったみたいでかっこいいって。
デビュー前はストーンズの曲やったり、クリームに感激したりで結構ブルースにはまってたみたいだね。

でもまた話戻すけど、クリームとかZEPって古いブルースの曲やったりするけど、あれ本当にブルースって言うの?
違うわねえ。ホルストの「惑星」歌った歌謡曲をこれはクラシックだよって言うようなもんだわねえ。

ロックの出発点はチャックベリーだと信じてるけど、あれもブルースみたいなポップスだわねえ。


[56] ナガフキン 2004/04/13 16:21

惑星」歌った歌謡曲:音大に行っててなんであんな声量がなく歌下手なんだろうね。松田聖子の方がうまいねえ。



[57] はるか 2004/04/13 22:30

>>53>>54>>55>>56
黒人奴隷は、家族単位で買い取られても、主人の都合で、ある日突然、親子や兄弟で引き離されて売られたりするのもめずらしくない状態でした。
悲しいことがあっても、白人の教会には出入りを許されていなかったの。
母国の宗教の神に祈ることは禁止されていたから、宗教を持つことを禁じられているのに等しい状態でした。
で、教会の近くまで行ったときに聞こえていた讃美歌を、後で思いだしたりして、なんとなく真似して作った歌を、こっそりくちずさむようになります。
中身は、神様わたしを楽にして下さいとか、お迎えがきたらこうだとか、生きる意味が分かりましたとか。
それが、「黒人霊歌」(ニグロスピリチュアル)。

解放宣言が出たのが、19世紀後半。
自由になってからは、元主人からもはなれて、一人で生きて行かなくてはならなくなりました。
で、今度は人種差別という新たな試練。お給料も少なく生活苦、不安、不満、怒り、悲しみを歌いたくなるわけ。
あぁまた月曜からは働くのかよーとか、あの女は荷物をまとめて出ていっちまったーとか。
そういうわけで南部の田舎ミシシッピー州からは、西アフリカのサバンナの弾き語りの音楽の系統を汲む「ブルース」が生まれました。ミシシッピー河上流にある都会のシカゴを中心に発展していきます。
(シド・バレットやクラプトンも憧れたブルースギタリストの大御所マディ・ウオーターズは、ミシシッピ出身。泥臭いところが魅力のシカゴ・ブルースを確立した人なの)

ほぼ同じ頃。
南部の都心ルイジアナの港町ニューオーリンズでは、大きな歓楽街(通称)バーボンストリートがあって、「朝日の当たる家」という名前の遊宿や賭博場もあって、客引きのために音楽が必要で、アフリカの熱帯雨林の強烈な打楽器のリズムやかけ引きみたいなのがあるダンス音楽の系統を汲む「ジャズ」が生まれました。
バーボン=ブルボン王朝のことで、ルイジアナ近辺ってむかしはフランスの植民地だったの。
ジャズの中で、明るくリズミカルな部分で作られるダンス音楽は「ラグタイム」「ブギウギ」「チャールストン」「ディキシーランド」として流行します。
北部の都市部では、衰退することになった黒人霊歌が、アフリカ特有のパワフルなところを気に入った白人たちによって、合唱の音楽としてアレンジされていきました。
解放された後の黒人霊歌には、喜びを歌う歌もそれなりに出来ていて、政府がバックアップする黒人学校や黒人聖歌隊もできたので、20世紀の初め頃には「ゴスペル」が生まれました。


[58] はるか 2004/04/13 22:32

アメリカは人種のるつぼですけどー、
アフロ・アメリカンの持ち込んだ民族音楽は、黒人霊歌経由で、ブルースとかジャズになります。
それより前の時代から移住したイギリスなどのユーロ・アメリカンの持ち込んだ民族音楽は、主にトラッディショナルのフォーク系(バラッドというか、吟遊詩人の世界)。これはやがてアメリカのフォークソングになっていきます。

アイルランドやスコットランドからの場合は、ジグとかリールとか呼ばれる民族舞踊も入っていたのですが、主に南部の東寄りの州あたりで、「ゴスペル」のリズムとパワーに「ブルース」の弾き語りの影響が加わって出来たのが「ヒルビリー」(南部のユーロ・アメリカンという意味らしい)。
「ヒルビリー」は、太平洋戦争の前後からは「カントリー」とか「ブルーグラス」と呼ばれていきます。

太平洋戦争の景気付けもあって、ニューオーリンズのジャズは、ディキシー~スゥイング~ビッグバンドになり、戦後はそれが流行る必要もなくなったのでトリオとか6人とかになって、ソロ同士でアドリブを競い合う「ビ・バップ」が、やがて「モダン・ジャズ」として定着。
「ゴスペル」の力強いリズム +「ブルース」の弾き語る感じで「R&B」になるのは、太平洋戦争の後。

イギリスでは、60年代の初期まではロックはアメリカから輸入してて、64~5年頃はR&Bが流行。
ロンドンで、「バンドやろうぜ!」ってなったら、建築工芸学校で意気投合したロジャー、リック、ニックのように、ブルースやR&Bのコピーから始めるのは、よくあるパターンだったようです。
64年にヤードバーズでレコードデビューしたクラプトンとか、ジェフ・ベックなどがブルースロックを支えて、ビートルズとストーンズが人気バンドになったその勢いで、イギリス出身者のロックのレコードが次から次へとアメリカへと輸出できるようになっていく時代。

というのが、ピンク・フロイドのデビュー前夜ですー(笑)。



というわけで、後にピンク・フロイドを名乗るバンド(シド・バレット、ロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイスン、ボブ・クロースの五人)による、デモテープとアセテート盤で録音された曲です。

The Pink Floyd - Lucy Leave (1965 Lyrics/Music: Barrett )

The Pink Floyd - I'm a King Bee (1965)
(Original: 1957 Slim Harpo)


スリム・ハーポは、名前にも表われているようにハーモニカ奏者でもあるブルースシンガーの大御所。「I'm a King Bee」は、いろいろなミュージシャンがカバーしていますが、ローリング・ストーンズも64年のデビューアルバムでカバーバージョンをリリースしています。

では、ここからは、ロックの歴史です。


 
[59] はるか 2004/04/13 22:45

旧掲示板にも書いてあったけど、「ピンク・アンダーソン」と「フロイド・カウンシル」から、シドが飼い猫に「ピンク」「フロイド」って名前つけてたんですってね。
余談だけどピンク・アンダーソンの本名は、ピンクニー・アンダースン(Pinkney Anderson)。息子もブルースギタリストで(ピンク・アンダースン・Jr.)レコードでの父子共演があります。
(ロジャー・ウオーターズのJrが、2002年のツアーでキーボードやってたそうですが、そういうのってバンド人生の至福のひとつでしょうね~)
ちなみに、フロイド・何々という芸名のブルースマンは、アメリカには20人以上いるんです~。

 

[60] マルチオーディオ 2004/04/14 03:43

みなさん歴史におくわしいですね! 
ロックという名称はビルヘイリー&コメッツのロックアラウンドザクロックが最初と聞きましたが、それは違うのでしょうか?

奴隷と音楽は、言語を制限された奴隷たちが通信手段として音をつかったのが色んな音楽のルーツとも聞いたのですが? エッソトリニダットスティールバンドなどは、楽器をとりあげられ、島にたくさんあったドラム缶を使って通信の手段にしたそうです。それがスティールドラムの発祥だそうです。

テニスのスコアの数え方も、奴隷に負けてばっかりいたので数え方を複雑にしたってのはホント?


[61] ナガフキン 2004/04/14 14:54

>>60 ロックアラウンドザクロック
ギネスブック的にも一般的にもそれなんですが、個人的にはまったく同時期に出た(チェス時代の)チャックベリーこそR&Rの創始者だと勝手に思ってます。

同じ意味でプレスリーも、その後のブリティッシュロックには影響与えてないと思う。ただそのスタイルにあこがれただけ。(クリフリチャードは別だけど)
だってみんなコピーしたのは、ブルース系ではベリー、マディーワターズ、ハウリンウルフ、ボブジョンソンなんかだし、
ポップ・リバプール系は、ベリーに、リトルリチャード、バディーホリー、エバリ-ブラザーズ、とモータウン、ガールポップス系。

チャックベリーは今聴いても通用(感動)するくらいロックしてるけど、ビルヘイリーは何がいいのか良くわかんない。



[62] マルチオーディオ 2004/04/15 03:43

>>61
ビルヘイリーは映画「暴力教室」とあいまってロック、反体制って感じですよね!
自分もよさはわかりません!アメリカングラフィティーでウルフマンジャックのDJに、ってかんじ!
FENのウルフマンジャックショーは面白かったけど、同じオールディーズの曲を使った映画は、グローイングアップの方が選曲もよかったしなあ!

70年代はアメリカンポップにも結構傾倒してたんで、大滝詠一のゴーゴーナイアガラで、ルーツってやつは結構きいたんだけど、結果的に自分の中に残ったのはフィルスペクターだけだったしなあ!
細野晴臣がやってたアルファ・・・って番組ではトロピカル一色に染まったんでね!
あまりロックのルーツは学習してません!



[63] はるか 2004/04/15 06:44

映画の「アメリカン・グラフィティ」には「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が流れますよね。チャックベリーも聞けますし、曲は50年代のヒット曲で、舞台は60年代初期です。
フロイドのメンバーたちが学生の頃によく聞いた曲もけっこう入ってると思いますー。

50年代……エレキギターが出てくる時代。
ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は1954年発売。歌詞は、時計=クロックの12時間を「ロック」との語呂合わせで歌ったという感じ。
最初は売れなかったそうです(ビル・ヘイリーすでに既婚で子持ちだった所為もあるのかなーー?(-_-;)。
でも、翌年の55年に映画「暴力教室」の主題歌に使われてからヒットしたので、ティーンエイジャー向けのノリのいい曲というのを広めてくれた功績が大きいですね。

チャック・ベリーのデビューは55年、シカゴで出会ったマディー・ウォーターズの所属レーベルから。
「Roll Over Beethoven」「Johnny B. Goode」 等たくさんのヒットをとばしますが、シカゴブルースにヒルビリー(カントリー)の要素を加えた、独特のエレキ・ギター奏法、シャウトする歌唱法、ステージでのパフォーマンス、歌詞がパワフルでストーリー性が含まれているところ、これらは、どれもチャックが始めたスタイルですから、最初のロックンローラーは彼でしょう。

「ロックンロール」という言葉は、1951年代にオハイオ州のラジオDJアラン・フリードが広めたものだとされています。

ビルボード誌で「R&Bチャート」が登場するのは1949年から。誌のライターだったジェリー・マクスラーの考案。
それ以前は「レイス(人種,種族)ミュージックチャート」という呼び方でくくられていたアフロ・アメリカンの音楽に対して、「戦争の時ナチスを批判したアメリカが、そういう差別的な表現をやってはいかんのではないか?」って。
とはいえ、当時のアメリカの各都市では、電車やレストランなどの公共のスペースでは人種の隔離というのが当たり前になってて、白人のDJアランは白人向けのラジオ局に勤務してるので、黒人のバンドをオンエアしたくても、大っぴらに流すわけにはいかないという事情が…。

そこでアランは、「R&B」という言葉を使わずに「これはロックンロールだよ」と言って紹介したわけです。
1920年代の古いブルースの歌詞
 My baby rocks me with a steady roll
からの思いつき。ブルースの歌詞にはスラングも色々あったので、rock も roll もそうらしいのですけどね。
でもまぁ、DJアランのおかげで、あとチャック・べリーのおかげで、 Rock'n'Roll の意味は「体を揺らして転がして踊りまくろうぜ!」という感じに変わったのでは…(^_^;)。

今時のR&Bは、リズムとブルースの略語っていうにはだいぶムリがありますね。80年代から90年代にかけて台頭してきたブラックコンテンポラリーミュージックをジャンル分けする時に、ダンス系でもなくラップ系でもないから、って感じで、やむをえず付けられた名称かも…。



[66] winter 2004/04/15 14:41

ジャズのアドリブは、プログレのインプロヴィゼーションに相当するんだね。
あれやこれやのつながりが見えてきておもしろい。
カントリーに関してはインディアンの音楽が元になっていると思っていたので、ルーツがケルト民族からだったとは意外でした。

ギルモアの泣くギターは、ネイティブなブルースそのものだね。
私見ではありますが、よく考えてみると、フロイドは幻想的と言われる割には、プログレの中ではめずらしくブルース色が濃い。
他のプログレは、長尺になるとクラシック色かジャズ色がだいぶ強く出てくる。
故に音楽性を語れるコアなファンが多いのもうなずける。(他のプログレ)
フロイドファンサイトは音楽性よりも詩や雰囲気の精神性に片寄りがちで、 こういった近頃稀なテキストに接することが出来たことは、個人的に安堵と期待が深いものです。




ブルース、ジャズ、ロックの歴史についての引用は、ここまでです。

“泣くギター”を聴かせる前のデヴィッド・ギルモアは、ピンク・フロイドを名乗る前のシド・バレットたちがデモテープやアセテート盤を作っていた頃(64 - 65年)、ジョーカーズ・ワイルドというバンドで演奏していました(62年 - 66年に参加)。
ジョーカーズ・ワイルドもその頃はR&Bをやっていて、65年に限定版でリリースした5曲入りのEP(ミニLP)で は、チャック・ベリーなどのカバーバージョンが聴けます。


JOKERS WILD -
Beautiful Delilah (1965)
 (Original: 1962 Chuck Berry)




ジョーカーズ・ワイルドについては、別の記事「ジョーカーズ・ワイルドとピンク・フロイドの関係」にまとめてあります。