わたしのシャーロック・ホームズ愛読歴は、じつはそれほど長くはないのです。
子どもの頃に読んでいたことはありますが、ファンのあいだでは正典と呼ばれる、A.C.ドイルの原作60編(長編4、短篇56)を阿部知二訳と延原謙訳で読破したのは、数年前のことでした。
そのあと、外典と呼ばれる、ホームズ関連のパスティーシュを読みはじめたのですが、熱心なファンがほんのわずかなホームズ要素があるだけで関連作品としているものがあることを知りました。
ウンベルト・エーコ作の長編小説『薔薇の名前』(1980年発行)も、そのひとつです。
わたしは映画化されたものをDVDで楽しみました。
『薔薇の名前』
1986年 西独・仏・伊合作
ジャン=ジャック・アノー監督 ショーン・コネリー主演
1986年 西独・仏・伊合作
ジャン=ジャック・アノー監督 ショーン・コネリー主演
日本版予告篇 / 薔薇の名前(ショーン・コネリー) (02:24)
Published on Feb 24, 2013 by Urban Dolphin
どこがホームズっぽいのかというと……。
この物語は14世紀のイタリアの修道院が舞台になっていて、主人公のひとり、修道士のウィリアムは、バスカヴィルという所の出身であることから、〈バスカヴィルのウイリアム〉と呼ばれています。長編『バスカヴィル家の犬』からのネーミングですね。
物語は、ウィリアムがある使命のためにその修道院に派遣されて来たところから始まります。彼は、弟子である見習い修道士の少年アドソとともに、しばらくのあいだその修道院に滞在することになりました。
使命というのは、当時〈清貧論争〉と呼ばれた、フランシスコ会とアヴィニョン教皇庁のあいだの論争があって、その調停の機会と場所を作ることでした。
ところが、ウイリアムスとアドソが訪れた頃から、その修道院では奇怪な事件が起きていたのです。修道院全体が困っていたので、ふたりは、事件の謎を解き明かす仕事を引き受けました。ウイリアムがホームズで、アドソがワトソンの役割です。
アドソは、物語の語り手でもあります。
原作の小説は、後年のアドソの若き日の回想録として書かれていて、映画でもアドソの声のモノローグが随所にはさまれています。
映画の台詞のなかにも、ホームズが言っている有名なひと言が登場します。
ウイリアムとアドソが修道院に到着した日というのは、修道士のひとりが高い塔の上から誰かに突き落とされて亡くなった直後でした。
現場を見に行ったときに、ウイリアムは、アドソに向かってこう言うのです。
「そうじゃないよ、アドソ、初歩的なことだよ。これは自殺だろう?」
DVDの字幕の日本語訳がどうだったかはよくおぼえていないのですが、It's elementary.というのを聞き取れたので、あぁやっぱりホームズへのオマージュなのね、と、うれしくなってしまいました。
シナリオを置いてあるウェブサイトが見つかったので、参考までにその前後の台詞といっしょに引用しておきます。
ADSO:
No. Perhaps... perhaps someone murdered him.
WILLIAM:
And then toiled all the way up there with the body?
Easier to get rid of it through that sluice gate they pour charity through.
WILLIAM:
No, no. My dear Adso, it's elementary. Suicide?
ADSO:
Do you think that this... is a place abandoned by God?
WILLIAM:
Have you ever known a place where God would have felt at home?
テキスト:広島工業大学>酒見研究室(中世の英語)~講義用ノート・プリント
『薔薇の名前』 の シナリオ
http://www.ec.it-hiroshima.ac.jp/sakemi/movies/Rose.pdf
『薔薇の名前』 の シナリオ
http://www.ec.it-hiroshima.ac.jp/sakemi/movies/Rose.pdf
elementaryというのは、ただいまWOWOWで放映中の『エレメンタリー ~ホームズ&ワトソン in NY~』のタイトルにも使われているように、ファンのあいだではおなじみのひと言なのです。
Elementary, my dear Watson.
初歩的なことだよ、ワトソンくん。
この決め台詞は、パロディやパスティーシュには頻出するものですが、じつは、ドイル卿の原作には一度も出てきません。
ただし、もとになっている台詞はあります。
"The Adventure of the Crooked Man / 背中の曲がった男"( 短篇集『シャーロック・ホームズの思い出』または『シャーロック・ホームズの回想』に収録)に出てくるやりとりです。
"Excellent!" I cried. "Elementary." said he.
「素晴らしい!」と私は叫んだ。「初歩さ」と彼は言った。
これをアレンジした「初歩的なことだよ、ワトソン君」という台詞を最初に用いたのは、1890年代にシャーロック・ホームズを舞台で演じていたアメリカの俳優、ウィリアム・ジレットだと言われています。
彼は主演のほかに脚本や演出もつとめていました。
インバネスマントや、瓢箪型のパイプなど、ドイル卿の原作になかったものを登場させて、一般に浸透しているホームズのイメージを創ったのも、このジレットなのです。
ドイル卿も、ジレットの扮するホームズをお気に召していました。
ジレットは、最初のうちは原作に忠実な戯曲化をめざしていたのですが、途中からオリジナルの設定を加えたくなったのです。それで、ドイル卿宛てに電報を打ちました。
「ホームズヲ結婚サセテヨイカ?」
ドイル卿からの返信はこうです。
「結婚サセルモ殺スモ好キニサレタシ」。
この返信によって、シャーロック・ホームス・シリーズについては原作者が二次的創作物を許容したということになり、たくさんのパロディやパスティーシュが世に出るきっかけになったということです。
さまざまなパスティーシュを読むたびに思うことですが、ホームズ自身についてもホームズの世界についても、作家の方々がほんとうによく観察されていると思います。熱心なファンというよりも研究家という感じがします。彼らは、原作の細かいところまで丹念に読み取って(しばしば深読みもして)いるのですね。
ホームズのパーソナル・データは、原作には出てこないことでも、原作の描写の細かい部分から推理されています。ホームズが探偵を引退してからの晩年についても、ワトソンと出会うまえの時代についても、生い立ちや幼少期についても……。
ホームズは1854年1月6日生まれということになっています。
この日付は、長編『恐怖の谷』の第1部冒頭付近の描写が根拠になっているということです。
ホームズが事件に取り組む日に「今日は1月7日だ」と言っていて、ワトソンの文章の〈目の前の朝食に手もつけず……〉という一節から、前日の1月6日がホームズの誕生日で徹夜でお祝いをしたから食欲がないのだとする説が有力なのですって。
でも、これだけでは深読みのしすぎですよね。
日付に関しては、もうひとつ根拠があるようです。
シャークスピアの劇『十二夜』に登場する台詞〈旅の終わりは、君慕う〉を、短篇『空き家の冒険』と『赤い輪』で二度も引用しているから、十二夜はホームズにとって特別な日であるというのです。十二夜は、キリストが生まれた12月25日から12番目の夜ですから、1月6日を指しているということで……。
元の台詞は"Journeys end in lovers meeting."、ホームズのシリーズでは(翻訳者によって若干違ってきますが)「旅の終わりは恋するものの巡り遭い」というふうになっています。
にしても、この説もむりやりこじつけ感がありますよね。
1934年にニューヨークで設立された、世界で最初のシャーロキアン団体〈ベイカー・ストリート・イレギュラーズ〉が、上記のような理由で1月6日をホームズの誕生日に決めてしまったのですが、わたしとしては、1月6日という日付にはすこぶる満足しています。
なぜって、ピンク・フロイドのシド・バレットの誕生日と同じですから♪
Photo:
http://www.neptunepinkfloyd.co.uk/photos/index.php/Syd-Barrett-Photos/Syd-Barrett-Ruffled-Dandy-Photo-Shoot
前回同様、フロイド関連の曲を聞いて終わります。
熱心なフロイドファンは多くてもソロアルバムというのはあまり語られることがないので、そこがちょっともどかしくもあるのですが、この曲もわたしの好きなシドの一面です。
フロイドのメンバーたちが手伝った2ndアルバムの1曲目。イントロのギターは、デイヴなのかシドなのかよくわかりませんが、ブルースっぽくてきれいで、心に沁みてくる旋律が何とも言えないのです。
Syd Barrett - "Baby Lemonade" (04:12)
Uploaded on Jul 29, 2010 by MrMusic3079
Syd Barrett "BARRETT" (1970)
Photo: http://blog-rock-used.diskunion.net/
Baby Lemonade
Love Song
Dominoes
It Is Obvious
Rats
Maisie
Gigolo Aunt
Waving My Arms In The Air
I Never Lied To You
Wined And Dined
Wolfpack
Effervescing Elephant
Jerry Shirley - Drums + Percussion on 'Gigolo Aunt'
David Gilmour - bass + 12-string guitar on 'Baby Lemonade', Drums on 'Dominoes', 2nd organ on 'It Is Obvious' and 'Gigolo Aunt', all instruments except lead guitar on 'Wined And Dined'
Richard Wright - organ, piano, harmonium
Vic Saywell - tuba on 'Effervescing Elephant'
Willey - percussion on 'Gigolo Aunt'
Album and Lyric Data: http://pinkfloydhyperbase.dk/
BABY LEMONADE (NUMBER ONE AGAIN)
Syd Barrett 1970
Lyrics/Music: Barrett
Lyrics/Music: Barrett
In the sad town
cold iron hands clap
the party of clowns outside
rain falls in grey far away
please, please, baby lemonade
In the evening sun going down
when the earth streams in, in the morning
send a cage through the post
make your name like a ghost
please, please, baby lemonade
I'm screaming, I met you this way
you're nice to me like ice
in the clock they sent through a washing machine
come around, make it soon, so alone...
please, please, baby lemonade
In the sad town
cold iron hands clap
the party of clowns outside
rain falls in grey far away
please, please, baby lemonade
In the evening sun going down
when the earth streams in, in the morning
send a cage through the post
make your name like a ghost
please, please, baby lemonade
2013.10.31 23:57:03 執筆
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