
小川文明が旅立った。
出会ってから30数年になる。
大阪日本橋のYAMAHAのスタジオに、当時僕が参加していたあるバンドのリハーサルに遊びに来た小川。
そのまま喫茶店でお茶することになって、そこでベーシストが辞めたばかりの小川のバンド「Spiral」にスカウトされた。
小川が書く曲はどれも魅力的で、演奏するのがとても楽しかった。
「Spiral」では僕が一番下手くそで、音楽の知識も全然無くて。
だけど、とても楽しかった。
やがて僕は音楽に行き詰まりを感じるようになって脱退したけど、小川と多美ちゃんの結婚式に行ったり、広島に帰った僕と、スカンチや真心のツアーで広島に来たりする小川と再会して、ぐだぐだと飲んだり騒いだり、スージー・クリーム・チーズのデビュー・ライブに行ったり、交流は細々とだけど続いていた。
僕が音楽を再開して気が付いたのは、あの頃小川から受けた影響だった。
何も知らなかった僕にドビュッシーを教えてくれたのは小川だったし、表層しか知らなかったプログレの深淵と広がりを教えてくれたのも小川だった。
何より、キチンと弾く、キチンと演奏することを最初に教えてくれたのが小川だった。
ずっと小川に受けた影響が僕の中にある。
これからもずっと受け続けるんだろう。
5月11日に入院した小川に会いに行った。
小川はとても静かで美しい瞳をしていた。
後に多美ちゃんから、小川は僕の来訪を物凄く喜んでくれたと聞いて、僕は泣いた。
渡した僕のCDを毎朝必ず聴いてる、とも聞いた。
小川からも電話があって、
「あれは毎朝一番に聴く音楽やで。」
と言ってくれた。
「治ちゃんの音楽との距離感は正しいで。」
とも言ってくれた。
電話を切ってから、僕は泣いた。
そして6月22日に小川から頼んでいたライナーが届いた。
そして、6月25日に多美ちゃんから電話があった。
今はとにかく、どうやら小川が気に入ってくれたCDを完成させよう。
そして小川のところに持って行くんだ。