2009119
起きたのは1230分。

この時間から出かけると言っても遠出は出来ないので、家内と一緒に川崎のコストコへ食材を買出しに行くことに。13半頃家を出た。

何かパッとしない日だった。コストコの巨大なカートを押しながら、いつも変わらない巨大な空間の売り場を歩き回るが、どんよりと湿ったように感じたのを覚えている。
買い物に来てみたもののあまり買うものが無く、巨大なカートに野菜類と牛乳だけを載せて会計を済ませた。

「何か食べていこうか?」 会計を済ませるとホットドッグやピザを売るフードコートがレジの向こうにある。260円でお替り自由なLサイズのジュースのコップがセットになっているホットドッグを買い、巨大なピザも一切れ買った。
「こんなに食べたら晩飯は遅い時間になるな。」と話をしていたところ、1552分にお袋からパニクった感じの口調で電話があった。 
「シュウちゃんが  シュウちゃんがもうダメ 呼吸が遅くなって  もうダメだから」
「おい 落ち着け!大丈夫だから。 何があった?!」と言ったところで電話が切れ、俺は一瞬頭が真っ白になった。「あり得ない」という思いと共に正直怖かった。

俺が「落ち着け!」と店内で声を張り上げたため家内は心配そうな顔になっていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「お袋がパニクって電話してきた。 アニキがもうダメだって言ってる。 よし!病院へ行くぞ。」

まだ口を付けていない紙皿に載ったピザを持ち、巨大なカートを押して出口に向かった。
出口ではレシートと購入した品の数のチェックを受ける。今日はガラガラでスムーズにチェックを通過できた。 そのまま平坦なエスカレーターで2階の駐車場へ向かったが、長いエスカレーターの遅さにイライラする。2階に到着するまでにオヤジ・オフクロ・アニキの携帯のメールアドレス宛てに「今から行く」とメール送信した。

エンジンを掛け走り出したのは1559分。 
 
産業道路を東京方面に向かい、横羽線の“大師”のランプから高速に乗った。
常磐道の柏インターチェンジを出て東病院へ到着したのは確か1645分頃だったと思う。 可能な限り素早く車を駐車し、病院のエントランスへ向かった。 
すると、アニキの奥さんの親御さんと弟さんに出くわす。 
おじさんおばさんは泣き顔であった。俺は「いやいや、死んだわけじゃないんだから。」と、まだそのときは思っていた。 
久々に会った義兄弟に俺は「よっ!久しぶりじゃねーか 元気?」と軽々しく声を掛けたが、義兄弟は沈痛な面持ちであった。 「そんなに暗い顔するなよ。」と思いつつ、そのときになって本気で心配になってきた。俺の家内を含め5人で病室を目指し例の長い廊下を歩いた。
そして103号室へなだれ込むように入った。
一瞬「誰もいない・・・」と思ったのだが、アニキがベッドで横を向いて寝ていた。
鼻に当てていた酸素のチューブが外れ、口からは黒いよだれのような物が沢山出ている。

「何で死んじゃったの!」とおじさんおばさんは泣きじゃくっている。

えっ、本当に死んでいるのか?

「おい アニキ! 起きろ、来たぞ!」 と俺はアニキの体を揺すった。
頬を触ると温かい。「まだ温かい。」
すると「なんだ~ よかった~ 死んだかと思ったわよ」とおばさんが安堵の言葉を発した。

パニクった声で俺に電話をしてきたお袋とアニキの奥さんの姿が見えない。アニキをほったらかして何処へ行ったんだ? 「先生と話しているのかもしれないから俺探してくる。」と、俺は病室を出た。
ナースステーションで「すみません103号室の身内の者ですが、うちの親が来ていたはずなんですけど、先生と話しているんですか? それとアニキはまだ死んでないですよね?体はまだ温かいし。」と看護士に聞いた。
「お兄様はもうお亡くなりになられました。ご家族の方は服などの荷物を取りに一旦ご自宅へ戻られました。15分ぐらいで戻ると仰られてましたよ。」

えっ・・・

看護士と病室へ戻る。
皆アニキの体をさすって呼びかけていた。
「アニキ 死んじまったってよ・・・」俺は皆に伝えた。
「16時過ぎにお亡くなりになられました。最後まで普通にお話をされてましたよ。」 看護士はアニキが苦しまずに死んだことを教えてくれた。

皆泣いていた。 
俺は泣かなかった。アニキが本当に死んだとは思えなかったからだ。 
顔を横に向け酸素のチューブは外れていたが、今までと変わらず病室のベッドで寝ているだけにしか見えない。それに死んだと言う時間から50分近くも経っているのに、アニキの体はまだ温かいじゃないか。

俺は病院の外に出てお袋の携帯を呼び出した。 何度架けても通話中で出ない。
オヤジの携帯に架けると応答があった。
「今病院に着いてミサちゃんの家族も来ているんだけど、看護士に聞いたらアニキ死んじゃったって言ってる」
「・・・   残念だがそうだ。お父さんはもうちょっとしたら家を出るから待っててくれ。」
そう言って電話を切った。

曇り空の下、小学生の時の朝礼で貧血を起こしたような感じで体がフワ付く。その場に立っているはずの自分がその場に居ないような感覚だった。

会社へ連絡をし、今週1週間休みを取ると伝えた。

病室に戻ると家内が泣きながらアニキの膨れた足を一生懸命に摩っている。
もうアニキに何をしても意味が無いが、俺は家内をそのままにしておいた。
おじさんは泣きじゃくりながらアニキに怒りをぶつけていた。「だから言ったじゃないか!シンガポールから3年で帰ってくれば良かったんだよ! ミサコを一人にしてどうするんだシュウちゃんよぉ!!」
アニキは奥さんと日本に一時帰国したときは奥さんの実家によく泊まりに行っていた。

死んだと言われても俺には信じられない。
 
しばらくしてお袋とアニキの奥さんが涙目のまま病室へ入ってきた。
奥さんのご両親に挨拶を終えたお袋がアニキの最後を語り始めた。 パニクっていて時系列がごちゃごちゃになっている。 途中で涙が大量に溢れ出し嗚咽を漏らし言葉にならなくなった。俺は今にも泣き崩れてへたり込みそうなお袋を抱き寄せ椅子に座らせた。 
俺も涙が出そうになったが歯を食いしばり堪えた。 何故かは判らないが、「俺がここで泣き崩れるわけにはいかない。」そう思った。 

看護士がアニキの着替えを行ってくれると言うので、全員病室を出て応接室へ向かう。 
オヤジが携帯で電話していた。 あちこちに連絡しているのだろう。 オヤジも涙目になっていた。
 
俺も少し気が動転していたために、応接室で何を話したのかを覚えていない。
「だからあの時ああしておけばよかった。 こうしておけばよかったんだよ。」とオヤジが過去の事を言っていたのは覚えている。 今更何言ってもアニキが生き返るわけでは無いが、最後の最後、もうダメだという状況になるまで全力で事に当たる性格のオヤジは、自分の子供が亡くなった辛さと共に自分の力が及ばなかったことが相当悔しかったのだと思う。

アニキの亡骸を自宅に連れて帰るということになり、部屋の片付けとアニキの亡骸を迎え入れる準備のため俺はお袋と家内を連れ先に実家へ戻ることになった。
「ヒデキ、悪いんだけど病室にジャケットを置いてきたから取ってきてもらえる?看護士さんがシュウちゃんの着替えをしていると思うから私達が入ったら悪いから・・・」

病室へ入るがアニキしか居なかった。 またほったらかしかよ・・・ と思いながらジャケットを探した。
病室を出る前に「本当に死んでるのか? 本当は寝てるんじゃないの?」と声を掛けたが、やはりアニキの反応は無かった。 本当に死んじゃったんだ・・・

俺はオフクロと家内を乗せ、病院から15分ぐらいの所にある実家へ向かった。
車内でオフクロがアニキの最後を教えてくれた。

アニキが最後に居たところは24時間面会OKな病棟のため、オヤジとアニキの奥さんと交代で夜通し看病したそうだ。
俺が面会した夜に容態が悪くなり、一晩中苦しんだと言っていた。
アニキは寝言で「・・・・以上ご報告いたします」とか食べ物の話とか英語で何かを話していたらしい。
朝になると起きているにも関わらず夢を見るのか、俺はその場に居なかったにも関わらず「あれ?ヒデキどこ行ったの?」と喋りだし、家族が俺は病院には居ないことを伝えると 「あっ、ごめんごめん勘違いだった」と言うようなことが何度かあったそうだ。 最後の日にアニキは俺の名前を何度も口にしたことも教えてくれた。 「ヒデキ来るの? あいつパワーあるからな~」 アニキが俺の筋力のことを言っていたのか、精神的なことを言っていたのかは判らない。
アニキの体の苦痛が続いたために、家族は15時頃に医師呼び出され鎮静の薬をアニキに投与する提案をされたそうだ。 これが体に入ると苦痛が和らぐ代わりに喋ることが出来なくなるという。 あとは死ぬ時を待つだけだ。家族は辛かったようだが、アニキを苦しんだ状態にしてはおけない。 
ところが、そんな話をしているうちに「呼吸がおかしくなった!」と病室から知らせが入った。
目を閉じているアニキに呼びかけると「何で寝かせてくれないの?」と少々怒り気味の返事があったそうだ。
どんどんと1回の呼吸の時間が長く、そして遅くなっていった。
それでも声を掛けると目の下辺りがぴくぴくと動き反応を示したと言っていたが、声がアニキに届いていたのかどうかは判らない。眠り込んで安眠を邪魔されて反応していたのだったら良いのだが。

最後は本当に1回1回の呼吸の間隔が長くなり、そして止まったそうだ。 
激痛に苦しむわけでもなく安らかに逝ったのがせめてもの慰め。