2006年9月
祖母の葬儀の時に、引き続きシンガポールに駐在していたアニキと久々に顔を合わせた。
斎場のエントランスでタバコを吸ってたアニキを見つけ「よう!久しぶり」と声を掛けると、外ヅラは良いが身内にはぶっきらぼうな性格のアニキから「おう」という返事だけが返ってきた。
子供の頃悪ガキだった俺がいつもアニキにちょっかいを出していたため、社会人になるまで仲が悪かった。
小学生、中学生の時はもちろん一緒にくらしていたため喧嘩が絶えなかった。
アニキが高校生になると全寮制の学校へ行ったため、長期の休みで家に戻ってくるとき意外は顔を合わせなかった。アニキが大学に入て2年ほど家で顔を突き合わすことになったが、あまり喋らずたまに喧嘩していた。 俺が大学に入ると、毎日学校近辺に住んでいる友人宅を渡り歩いていたため、アニキと顔を合わすことは少なかった。
そして俺が社会人になってからはアニキがシンガポールの駐在員になったため、お互い話す機会もほとんど無いに等しい。
俺の人生を語る場では無いが、社会人になった俺は金を稼ぐために宅配業で働きその金を持って海外へ行った。結局海外で成し遂げようと思っていた俺の野望は打ち砕かれ帰国し、その後1年ほどフラフラしていた。 縁があって今の会社への就職が決まったときに、アニキは俺のためにスーツとそれに合う4万円ぐらいのコートを買ってくれた。凄く嬉しかった。
今考えると、なかなか落ち着かない弟のことを心配してくれていたのだろうと思う。
祖母の葬儀のために帰国したアニキは日焼けしてしていて健康そうだったが、現地で営業の仕事をしていたためストレスが溜まっていたのか顔の肌は荒れ気味であった。
祖母の葬儀では、俺の上着のボタンの一つが外れていたのを何も言わずに直してくれたのを覚えている。 火葬場でも、3回お焼香をあげようとした俺の背中を突き「1回でいいんだよ」と教えてくれた。
そんなアニキは葬儀の間、座ったり立ち上がる度に顔を歪めた。
「どうした?」と声を掛けると
「ちょっと腰が痛くてさ・・・」オッサン臭いこと言ってしまったと思ったのか、バツの悪そうな顔をしながら返事が返ってきた。
脊椎周辺に腫瘍が出始めたのはこの時期なのだろう。