2009119

 アニキが死んだ。 
 
 
「シュウちゃんが  シュウちゃんがもうダメ 呼吸が遅くなって  もうダメだから」パニックに陥り泣きながら母親が俺の携帯に電話を架けてきたのは1552分であった。
「おい 落ち着け!大丈夫だから。 何があった?!」と言ったところで電話は切れてしまった。

母親からの電話の7分後に「今から行く」と親父・お袋・アニキの携帯にメール送信し、曇り空の中車のエンジンを掛け16時丁度に走り出した。
「ヒデ君大丈夫? こう言う時は運転大変だから代わろうか?」と助手席の家内が心配してくれる。
「いや、大丈夫だ。」俺のアニキが死ぬとは思えない。おれ自身は冷静だった。

ラジオから日本語が堪能な外人のDJの明るい声が聞こえている。
普段と何も変わらないはずの車内だが、DJの言葉は耳に入らなかった。
大師出入口から横羽線に乗り、首都高1号から環状線を目指し首都高6号へ向かった。そこから常磐道を目指し愛車を走らせた。
本当は7年落ちの2500ccのBMWが出せる限りの速度で急ぎたい。アクセルを踏む右足に力が入りそうになるのを堪え他車の流れに乗って走った。 

「お兄さん大丈夫だよね?死なないよね?」今にも泣き出しそうな家内が助手席で声を絞り出す。
「行ってみないと判らない。地図を見てくれ。柏で降りたほうがいいのか?」 
国立がんセンター東病院は流山の実家から車で15分の距離にある。
「流山じゃなくて柏インターの方が近いみたい」地図を見ていた家内が教えてくれた。
柏インターからはほんの34分の距離であった。