
こんな母親にはならない!
幼いころ、
そんな風に思ったことは
ありませんか?
わたしは、
理不尽な怒りをぶつけられると、
言い返したくても
すぐには言葉が出てこず、
悔しさと、理不尽さでいっぱい。
絶対にわたしは子どもに
こんな風な言い方はしない!
心に誓っていたのですが…
じぶんの子育てを思い返したら
ほんとに母とおなじような
怒り方をしていたな…。
と、ずっとザワザワ、
いやな感情が残っていました。
娘が物心ついた頃から
ずっと今も。
わたしの母は、娘にとって
いちばんの良き理解者です。
ばあばはママみたいに怒らへんもん。
わたしがあんなに
嫌悪し、
こんな風になりたくない、
と思っていた母のことを
娘は
全てを受け入れてくれる存在
として、信頼し愛しています。
そして、
母は
じぶんが若い頃とおなじように
子どもに対してキレて、ほえる娘に。
小言をいうでもなく、
ただ、
ただ、
孫にはとびきりの優しさと
愛だけを与えて、
受け止めてくれていました。
娘を受け入れきれないわたしにかわって。
わたしは
どこか
虐待は親から子へ連鎖する。
なんて、よく聞く言葉を鵜呑みにして。
わたしが
じぶんの子育てに満足していなかったこと。
つらかったこと。
後悔していること。
それを全部
母や、父のせいにしていた気がします。
あんな育ちだったから。
あんな親の元で育ったから。
それなのに。
だからこそ?
母が
わたしの子ども達を
しっかり守り
受け止め、
愛し
慈しんで
一緒に育ててくれたこと。
それをどこかあたりまえだと
考えていました。
愛の循環に気づけていなかったわたし。
あまり好きではなかった母。
あんな風にはなりたくないと思っていた母。
娘のわたしからみても
幼稚で、
感情任せに子どもを怒り、
周囲の目を気にしてばかりだった母。
でも、
わたしとおなじように
若くて
HSP気質な繊細でもろい母は
双子のわたし達を育てるのに
必死だったんだろう。
そして
後悔したことも一杯あっただろう。
もっと違う子育てができたんじゃないか、
そう思って生きてきたんだろう。
その想いを
わたしや、わたしの子どもたちに
愛を与えることで
母自身
救われてきたのかもしれない。
今の母は
顔もからだも丸くなって笑
物忘れがちょっと増えて
相変わらず焦っていて。
でも
菩薩の様に穏やかで
優しい人です。
ダメな子育ての連鎖を
わたしが断ち切っていくんだ!
わたしみたいに
つらい想いをかかえながら
育児をしているママや
そして、その子どもさん達の
声に出せない想いを聴ける
わたしになるんやーー!
なんて意気込んでいたけど、
ふと、母もわたしだったな…
おなじようにじふんの後悔を
愛や慈しみにかえて、
わたし達に
目一杯、
与え尽くしてくれていたんだな…。
そこに気づくと。
わたしがわたしが、
という自分に対する執着がうすれ、
同時に
自己批判や
自己憐憫や
承認欲求が
そのかたちを崩していくことに
気づきはじめました。
家族ひとりひとりが
別々で
自由で
表現は違っても
愛や
大切にしている想いはおなじで。
母のようになりたくない!
この言葉。
今のわたしにとっては
母のように
なりたいも、
なりたくない、もなく、
ただ、
いやあ、なんか
この人も同じなんだなあ。
愛の循環なんだよなあ…と
感じるのみ、です。
伝わりにくいでしょうか。
良い表現が出てきません笑
長々とブログを書いて。
いまここです笑
娘は朝からめちゃくちゃ不機嫌で
不満気なカオをして
大学にでかけていきます。
愛を改めて感じきったわたしは
そんな彼女に対しても
不機嫌やねえー![]()
いってらっしゃーい
と、彼女の今日の1日を
穏やかな無の状態で
見送ることができています。

よい1日をお過ごしください。

