わたしじゃないと
辛かったのは
何をするにも
わたしじゃないとダメだったこと。
とくに
寝かしつけは苦行だった。
寝落ちするまで絵本を読み聞かせ
(途中でやめると泣く笑)
2時間、読みっぱなし。
首の皮膚をつまみながら寝るのが
娘のスタイルで、ずっとつねられる感覚も
嫌だった。
(なんせ痛い笑)
若いわたしは
みたいテレビもあったし、
なにより。
のんきにリビングで
ゲームしたり、テレビみて笑ってる元夫に
イライラしたり
悲しくなったりした。
なんでわたしだけ?
なんでかわってくれへんの?
子どものこと大切じゃないの?
もう疲れた!ゆっくりさせて!
なんで寝てくれへんの?!
娘が眠ったあとに、
お疲れ様。
今日はどうやった?
大変やった?
ありがとな。
なんて夫からのねぎらいの言葉
ひとつあれば。
まだ救われたのかもしれない。
あの頃のわたしは
娘のことも。
ただ、
誰かに(あの時は夫だった)
認めて、
助けてほしくて
幸せにしてもらいてかった。
わたしではこの子の面倒みきれない
難しい
思い通りにいかない。
育てにくい。
夫も娘が可愛くないのか。
娘に育てにくいレッテルを勝手にはって、
というか、
娘はわたし自身だということに
育てにくいと感じるのは
わたし自身に対しても
扱いにくく、やっかいだと思っていることに
もちろん気付いていないし。
自分1人ではこの子を育てられない。
わたしと娘への自信のなさ
わたしと娘を認めてほしい願望
わたし以外の誰かに
わたしと娘を幸せに、喜ばせてほしい
そんな想いでいっぱいだった。
そう。
自分で自分をはげまし、
感謝し
頑張っていること
つらく、うまくいかないことを
認めてあげることが
できていなくて、
その考えすらなかった。
じぶんの機嫌も
じぶんの幸せも
全てはしっかり
じぶんに愛情をこめてむきあえているかで
絶対にかわる。
夫からのねぎらいの言葉?
わたしがおもいっきりねぎらってあげる!
感謝のことば?
おもいっきりありがとうと伝える!
しんどかったね、
て言って慰めてあげる!
それが大切で、
自分を愛で満たすことから
愛情の循環が始まるんだと、
感じる。

今のわたしは
愛おしさというなんとも言えない
ぬくもりが
じぶんにも子ども達にも巡って
(時にはゾワゾワがおそってはくるけど)
わたしにそっくりな娘と
元夫にそっくりな息子と
なんだか割と幸せ、と言える日々を
送っている。
ここまで読んで
共感してくださったあなたも。
じぶんに向けての優しさと愛情
向けてみませんか。

