前回ブログを更新したのはいつだっただろうか。前回何を書いていたのかもさっぱり覚えていないほど久しぶりに書く。
さて、あれから何週間か経ちいろいろなことがあった。
話したいことが山ほどある。 今現在地元、愛知県刈谷市を抜け、愛知県愛知郡長久手町で一人暮らしを先週から始めている。今まで刈谷市からここまで約二時間もかけて通学し、行き帰りの移動でもう体力は限界・・・ だが考査も近いため勉強しなければと頭で意識していてもなかなか体がついてきてくれないのだ。あげくの果てに今まで中学校から習慣であった帰ったら必ず机に向かい少しでも学習を進めるという姿勢が自分を客観的に見たときに崩れつつあった。この状態がいつまでも続けば確実に初回考査を落としかねないと時間をかけて考え、今に至ったのである。いざこの生活が始まってみて思うこと。それは「自分を試すことが生活を左右する」ということだろう。 今まで親の側で生活してきて本当に楽なことばかりだったことは言うまでもない。だが、何が言いたいのかというと、洗濯をはじめ、自分の朝昼夕の食事をどうすればいいのか。忙しいということをどれだけ自分が効率よくかつ短時間でこなし学習に時間をまわすことが可能なのか。「すべては自分次第」そしてこれができなければもうここまでという話だろう。つまり「自分を自分で試しいている」ということだがここで注意すべきなのは、これには「責任」というものが常に自分の後ろを付いて来ていることは肝に銘じ行動を一つ一つ考えていかなけれならないのだ。
家から外出するにしろ誰かが閉めてくれるわけでもなければ、周りの住民ともいざこざが発生しても誰も仲介には入ってはくれない。円滑に処理すべきなのはすべては自分なのだ。 まだ何日か経っておらず完全に慣れたとはどうも胸を張って言えそうもないが、生活自体は充実しているように感じる。ただ誰しもが最初思うことだが孤独感にはまだ時間が必要のように感じている。 食事については元々料理は結構好きな方で何不自由なく食べることができている。電気、ガス、水道は極力節約し、使わないものはコンセントを抜いたり小まめに気を配りながら生活している。
・・・・・そんな矢先に大事件が起こった。大事件と言っては大げさかもしれないが僕にとっては大きなことに思えている。先週の日曜日、仕事で長久手から東郷まで約小一時間かかる距離を自転車を使い移動していたことだった。その日は不運にも朝から大雨で路面は当然濡れており、非常に危険な走行だった。と出発前も自覚していたものの・・・ 案の定悪い結果を招くことになってしまった。 仕事場のテニススクールまであと何百メートルだというところで歩道の溝の排水金属サッシで横転してしまい右膝と右肘を打撲擦傷してしまった。これがまたひどかった・・・ 膝はまだしも皮膚の薄い肘には歩道に転がっていた直径3~4mmの小石が皮膚を損傷させ、肘の中に入り込んでしまっていたのだ。僕はなぜか事故直後気づいたら自分の肘からその小石を手を使い抉り出していたのだ。皮膚が完全に深く削れており中には白いものと大量の血液。 白いもの・・・骨だ!・・ 今でもこの残像が頭をよぎる。忘れられない。 その後救急車で日進市の総合病院へ搬送。処置はいたって簡単のものだった。まだ小石や不純物が体内に混入していればすぐさま医師がピンセットなりを使って除去に移るがこんなこともなく短時間で終わった。
自分で行ったあの応急処置があったからこその処置の早さだったに違いない。人間の骨を始めてまじまじと見たのだ。 そのせいかしばらく声が震え、奇妙な恐怖心に襲われた。落ち着くまでに何時間もかかったように感じる。本当に怖かった。
だが自分の中で何かが動きだした。「医療とはこういうものなのか」と今通院を繰り返して思うようになった。若い看護士さんと仲良くなり、話しているうちに沈んでいた心も何か和らいでいく。ただ処置を完璧にこなすことが真の看護士、医師ではないのだ。 深い感動を受けたとともに自分も健康運動指導士として患者に対してこんな場所で働きたいと強く感じたのだった。 やってやる、絶対に。