私、ハルオは長い長い学生生活にピリオドを打つ事になりました
思い起こせば今から6年前…
担任に絶対に無理だと言われた今の大学に受かり
絶対に大丈夫だと言われた大学に落ちた事が全ての始まりでした
大学1年目の頃はそりゃー、真面目な生徒でしたよ
授業には常に出席し宿題も欠かさず提出、レポートもしっかりと期限を守り頑張ってました
その結果、十数個あるテストもふたつしか落とさずに問題なくクリア
問題は2年目からでした
授業にはいつもどおり出席を重ね、提出物とかにも問題なく過ごしていたんですが、肝心の前期テストではバイトを無理やり入れられたのと体調不良と重なって、もう、テストどころではありませんでした
おかげで半分以上の単位を失う事に
思えば、この頃からアルバイトには随分、苦労させられるようになりました
そして、いざ後期の授業が始まると、お恥ずかしい話ですが女性関係にだらしなくなり、通常授業は出席をかろうじてする程度でもうボロボロでした
その後、11月、12月は授業に常に出ていたにも関らずバイトの給料が何故か手取りで20万を記録。今でもあのころの事ははっきり覚えてます、一日、3時間程度の睡眠しか取れなかったことを
その後、案の定、冬休みに入る頃には体調を崩し、ろくにテスト勉強が出来ないまま試験期間に
おまけに、試験前日、当時、付き合っていた彼女から「別れよう」と電話がひとつ
もう、試験どころじゃなかったですね
おかげで2回生を2年することになりました
そして、3年目は必要最低限な授業しか受けなくなってました
当時、アルバイトの面接で10回続けて落ちた事も今となってはいい思い出です。そりゃ、特技の欄にバックドロップとか書いて提出してれば落ちますよね
その後、和食のちょっとした店でアルバイトをしていたのですが、これが中々、厳しいところでして、キッチンの仕事をしていたのですが周りは職人ばかりでバイトが半分も居らず、そのバイトも職人の厳しさに耐えかね次々と辞めていき、半年経つ頃にはオープンメンバーは私だけという惨状。
で、その後、新しく入ってくるバイトからは職人と勘違いされるような働きっぷり
そりゃ、月に休みが3日で働いてたら、自然と間違えますよね
以前からかなりの呑み助ではありましたが真剣に酒に溺れ始めたのはこの頃です
そして、晴れて3回生にあがれた4年目では痛恨の履修ミス
試験を受ける前から来年も3回生ということが確定してしまいました
先に断っておきますと、これ、私だけが悪いんじゃないですよ。普通なら取れない授業を何故だか履修できていて、それで私はOKだと思っていたのに、前期も半ばになって、それは無理ですと…
その後、再三再四、事務室に掛け合ってみたもののけんもほろろな対応が返ってくるばかり
まったく、世知辛い世の中です
時同じくして、先に述べた和食のバイトも2年が過ぎようとした頃、職人の中で不穏な空気が(以前からあるにはあったんですが、それが表面化して経営者側の耳に入るように)
そのいざこざに巻き込まれ、何故だかアルバイトなのに権力争いに破れた職人とともにクビをきられる羽目に
2年も勤め上げ、新しいキッチンのバイトが職人に叱られたらその度にフォローし、やっと、長く続けてくれるアルバイトがちらほら出てきた矢先の事でした
この頃にはもう、軽い人間不信になってましたね
5年目で2度目の3回生では取った単位は2つだけという物悲しい話が…
そのうちの履修ミスで取れなかった一個だけのために1年を無駄にした事は今後のばねにするしかないね、もう
そして和食の店を追われた私は、今のアルバイト先の焼き鳥屋の立ち上げから働かせてもらうことになりましたが、まぁ、オープン当初のひどい事
キッチンスタッフ、ホールスタッフとも飲食経験者がほとんどいない中、ろくに開店準備も出来ないまま見切りオープン
キッチンにいたってはバイトは私ともう一人だけ
その相方は包丁も握った事がないそうで(元々はホールスタッフとして入っていたのですが、キッチンスタッフがオープンを前に私だけになるという惨憺たる状況に、本人の意思も関係無しにキッチンにほり込まれるという可哀相な子でしたよ)もう、当時は常に二人揃って出勤でしたよ
でも、人間関係だけはほのぼのとしたものがあったので、以前の店で心の底から凹んでいた私にとっては救いでした
そしてとうとう4回生に6年目で進級
2回も留年してて決まるのかと心配してた就職もなんだかんだ決まりこの6年間で一番、勉強したと思えるほど大学に通い、研究テーマにも真面目に取り組み、アルバイトの方でも社員から認められ大事にされ、非常に充実した1年間だったと思えます
こうして改めて活字にして過去を振り返ってみると
充実した学生生活を送っている1年目と6年目がいちばん書く事が少ないですね(´・ω・`)
思い起こせば今から6年前…
担任に絶対に無理だと言われた今の大学に受かり
絶対に大丈夫だと言われた大学に落ちた事が全ての始まりでした
大学1年目の頃はそりゃー、真面目な生徒でしたよ
授業には常に出席し宿題も欠かさず提出、レポートもしっかりと期限を守り頑張ってました
その結果、十数個あるテストもふたつしか落とさずに問題なくクリア
問題は2年目からでした
授業にはいつもどおり出席を重ね、提出物とかにも問題なく過ごしていたんですが、肝心の前期テストではバイトを無理やり入れられたのと体調不良と重なって、もう、テストどころではありませんでした
おかげで半分以上の単位を失う事に
思えば、この頃からアルバイトには随分、苦労させられるようになりました
そして、いざ後期の授業が始まると、お恥ずかしい話ですが女性関係にだらしなくなり、通常授業は出席をかろうじてする程度でもうボロボロでした
その後、11月、12月は授業に常に出ていたにも関らずバイトの給料が何故か手取りで20万を記録。今でもあのころの事ははっきり覚えてます、一日、3時間程度の睡眠しか取れなかったことを
その後、案の定、冬休みに入る頃には体調を崩し、ろくにテスト勉強が出来ないまま試験期間に
おまけに、試験前日、当時、付き合っていた彼女から「別れよう」と電話がひとつ
もう、試験どころじゃなかったですね
おかげで2回生を2年することになりました
そして、3年目は必要最低限な授業しか受けなくなってました
当時、アルバイトの面接で10回続けて落ちた事も今となってはいい思い出です。そりゃ、特技の欄にバックドロップとか書いて提出してれば落ちますよね
その後、和食のちょっとした店でアルバイトをしていたのですが、これが中々、厳しいところでして、キッチンの仕事をしていたのですが周りは職人ばかりでバイトが半分も居らず、そのバイトも職人の厳しさに耐えかね次々と辞めていき、半年経つ頃にはオープンメンバーは私だけという惨状。
で、その後、新しく入ってくるバイトからは職人と勘違いされるような働きっぷり
そりゃ、月に休みが3日で働いてたら、自然と間違えますよね
以前からかなりの呑み助ではありましたが真剣に酒に溺れ始めたのはこの頃です
そして、晴れて3回生にあがれた4年目では痛恨の履修ミス
試験を受ける前から来年も3回生ということが確定してしまいました
先に断っておきますと、これ、私だけが悪いんじゃないですよ。普通なら取れない授業を何故だか履修できていて、それで私はOKだと思っていたのに、前期も半ばになって、それは無理ですと…
その後、再三再四、事務室に掛け合ってみたもののけんもほろろな対応が返ってくるばかり
まったく、世知辛い世の中です
時同じくして、先に述べた和食のバイトも2年が過ぎようとした頃、職人の中で不穏な空気が(以前からあるにはあったんですが、それが表面化して経営者側の耳に入るように)
そのいざこざに巻き込まれ、何故だかアルバイトなのに権力争いに破れた職人とともにクビをきられる羽目に
2年も勤め上げ、新しいキッチンのバイトが職人に叱られたらその度にフォローし、やっと、長く続けてくれるアルバイトがちらほら出てきた矢先の事でした
この頃にはもう、軽い人間不信になってましたね
5年目で2度目の3回生では取った単位は2つだけという物悲しい話が…
そのうちの履修ミスで取れなかった一個だけのために1年を無駄にした事は今後のばねにするしかないね、もう
そして和食の店を追われた私は、今のアルバイト先の焼き鳥屋の立ち上げから働かせてもらうことになりましたが、まぁ、オープン当初のひどい事
キッチンスタッフ、ホールスタッフとも飲食経験者がほとんどいない中、ろくに開店準備も出来ないまま見切りオープン
キッチンにいたってはバイトは私ともう一人だけ
その相方は包丁も握った事がないそうで(元々はホールスタッフとして入っていたのですが、キッチンスタッフがオープンを前に私だけになるという惨憺たる状況に、本人の意思も関係無しにキッチンにほり込まれるという可哀相な子でしたよ)もう、当時は常に二人揃って出勤でしたよ
でも、人間関係だけはほのぼのとしたものがあったので、以前の店で心の底から凹んでいた私にとっては救いでした
そしてとうとう4回生に6年目で進級
2回も留年してて決まるのかと心配してた就職もなんだかんだ決まりこの6年間で一番、勉強したと思えるほど大学に通い、研究テーマにも真面目に取り組み、アルバイトの方でも社員から認められ大事にされ、非常に充実した1年間だったと思えます
こうして改めて活字にして過去を振り返ってみると
充実した学生生活を送っている1年目と6年目がいちばん書く事が少ないですね(´・ω・`)