「ねぇ、聞いた?はるがまたアーティストみたいな事を始めたらしいわよ。お色直し…結婚式みたいだよね…。」
冴子が突然話を変えた。
さっきまで市内から郊外へ抜ける新しい道路の話をしていたはずだ。
ハッキリ言って車を持っていない私には興味がなかったが、ここに集まった者の責任として、「ふーん。」とか「それは凄いね。」とか気のない相槌をうっていた。
冴子、知美、そして私。
月に一度、カフェに集まりお茶をする。
落ち着ける素敵なカフェを発掘しましょう。というのが、この会の主旨なのだが、なぜ私がこの集まりに呼ばれるのか今もって不明だった。
ミステリーだ。世界のなんとかミステリーに食い込む勢いだ。そのうち世界遺産にも登録されるのかもしれない。
いや、…それは断固として断ろう。
なんだか私は他の二人と毛色が違うし、正直話に入って行けないというのが、私の素直な感想だ。
この二人とは以前派遣先で一緒になり、それからの付き合いだ。話に出たはるもそこで知り合った。
だいたいは冴子と知美が二人で盛り上がっている。
私は月に一度、おしゃれなカフェで言葉少なに過ごすのだ。
ここにも、見慣れたおしゃれな女子が集まっている。
私は冷めかけた紅茶を啜った。
ゆっくり飲まないと時間がもたないのだ。
しかし今日はまだ希望がある。
紅茶の横で白い皿に存在感たっぷりにシナモンロールが乗っている。
フォークとナイフが添えられているが、一体どう使うのか。
だいたい、皿が大袈裟過ぎじゃないのか?
シナモンは大人になってから食べられるようになった味だ。
特にシナモンロールは一度自分で手作りしてから大好きになった。
店のショーケースなどで見つけるとつい手が伸びる。
今日も無意識に、いや、ワクワクしながら注文してしまった。
この店はどんな味なのか。
この集まりでたまにある出会い。それが唯一の楽しみと言ってもいい。
私はシナモンロールをそのまま掴んでかぶりついた。
上にかかっている砂糖の柔からさも良い。
少しシットリした甘ったるいデニッシュ生地もその中に広がるシナモンの風味もいい感じだ。
統一感のある甘さが口の中に広がった。
中心にかぶりついたまま、顔を離すと生地がスルスルとほどける。
奥義"トイレットペーパー食い"だ。
行儀が悪いが、今日はそんな気分だった。
口から伸びるスパイラルを途中で噛み切って、口の中に溢れる甘さをしばしば楽しむ。
う~ん。ずっと噛んでいたい。
好きな味だった。
「節子、今日も幸せそうだね。」
ふいに自分の名前が聞こえた。
知美がニコニコしながらこちらを見ている。母親がいたずらっ子を見るような笑顔だ。
「あ、うん、まあ。これ凄くおいしいよ。」
なんだか恥ずかしくなった。
「そうなの?私も食べてみようかな。」
冴子がショーケースを伺う。
「じゃ私も!」
張り切る知美。
二人はシナモンロールを求めて席を立った。
突然周囲が静かになった。
私はなんだか取り残されたような気分になった。
そう言えばはるの話をしていたが、全く聞いていなかった。
はるはちょっとおっとりしていて、子供っぽい女だ。実際の年齢から考えるとだいぶ浮き世離れしているようにも思える。
いつだったかはるに聞いた事がある。
「結局、何になりたいの?」
その質問にはるが答える事はなかったが、彼女の少ない友人の一人が私である事に間違いはなかった。
はる、なぜ私には教えてくれなかったの?
なんだかまた私は取り残されたような気がしてきた。
温かい店内、私の周りだけ木枯らしが吹き抜けたような気がした。
初めて話を聞いていなかった事を後悔し始めていた。
目の前にはカップに三分の一ほど残った冷めた紅茶と、中心にポッカリ穴が開いたシナモンロール。
私の心にもポッカリと。
穴を覗いていると、皿の中心の色が外側と違う事に気付いた。何か印刷されているようだった。
目を凝らす。私の視線がシナモンロールに開いた穴に吸い込まれていく。
見えた!
「お色直し展」
長崎市東古川町
INDIES XXX CLUB
1/26~2/7
奇跡降臨。