自宅から徒歩1分の場所に大きな公園がある。
住宅街としてはかなり広いのではないだろうか。
そこには桜の木がたくさん植えられている。
毎年春。
一斉に開花するとなかなか壮観である。
桜はこの市の花でもあって、町のあちこちに植えられている。
今年も美しい桜が満開を迎えようとしていた。
私はこれを毎年楽しみにしている。
冷蔵庫から缶ビールを3本引っ張り出すと満開の公園に向かう。
天気は最高。絶好のお花見日和だ。
地面には芝が植えられている。
そこに腰を下ろすとさっそく一本目を開けた。
家族連れも何組か…
たくさんの桜があるのだけれど、私にはお気に入りの場所がある。
20年前にこの住宅地が整備され同時に多くの桜が植樹された。
いまではそれらが大きく成長していた。
ところが一本だけあきらかに背の低い桜があった。
枝まで手が届くほど、それは可愛らしい存在だった。
この桜の木は子供の絶好の遊び場だった。
子供でも手が届くので木登りにはうってつけだった。
私の息子もよくこの木に登って遊んでいた。
ところがある日、彼の掴んだ枝が折れてしまった。
子供の成長は意外と早い。
小学生になったばかりだった。
いままで耐えていた枝も体重の増えた彼を支えることができなくなっていた。
3メートルの高さから落下した。
幸いにも地面には芝生が張られていたのでクッションの役割を果たした。
頭から落ちたわけではないのも幸いした。
しかし落下の際にとっさに右手で体を支えようとしたのか、右腕を複雑骨折してしまった。
あらぬ方向に骨折した右腕を彼の目に触れないよう抱きかかえながら救急を待った。
時間が長く感じた。
彼は痛みに耐えながらも泣くことはなかった。
救急搬送された病院は骨の専門医で複雑骨折にも関わらず、メスを使わずに骨をつなぎギブスで固められた。
それから2ヵ月の間ギブス生活が続いた。
そんな事故があり、町内会では子供の手が届く木は危険であるとの意見があがった。
桜を切るか切らないかの議論になった。
私は切ることに大反対だった。
木とは言え生きているのだから。
それに桜に責任があったわけではない。
うちの息子が無茶をしたのだ。
結局、木登りは出来なくなったが、桜の木はそのままとなった。
あれから8年。
その桜の木も大きく成長した。
もう小さな子供の手が届く枝はなくなっていた。