今年の4月に亡くなった祖母のわずかな遺産を
使って身内で和歌山県に旅行に行きました。
大正生まれの祖母は当時としては珍しく
女学校まで出たお嬢様でした。
太平洋戦争の中、初恋の人は帰らぬ人となり
好きでもない遊び人の従兄弟と結婚をさせられ
長男、次男を病死で亡くして一人娘の母は
病弱でいつも伏せっている中で、祖父は
稼いだ金で遊び歩いていたらしいです。
シングルで母を育てながら、色々な仕事をして
必死に生きてきた祖母。大正~令和まで生きた
自慢の逞しい祖母でした。
写メは和歌山県の友ヶ島です。こちらは
要塞として砲台跡があります。
色々な歴史の跡を本来なら祖母に色々な
話をしてもらいながら一緒に歩きたかった。
そういうことをしたいと思った頃には
時が遅すぎました
母には元気なうちに
やりたい事は沢山してね~と伝えてます。
いつも私の人生の節目に祖母の言葉があります。
出来の悪い孫だったので、良く怒られました。
でもその言葉1つ1つに重みがありました。
その言葉と一緒にこれからも少しずつ
歩んで行こうと思います。

