大好きな長嶋有先生の作品を、恩師との読書会で取り上げてもらいました。
読書会ですごく昔、「猛スピートで母は」を芥川賞受賞直後に
とりあげたことがあります。
それ以来の長嶋有です。
いえ、もちろん、私は他の作品も読んでいたのですが。

この作品、大江健三郎賞を受賞しています。

大江健三郎氏が自分が気に入った作品に贈る賞ということで、

読書会ではどの部分が気に入ったのかということが話題に。

雑誌かなんかで受賞後対談とかしてそうですが、

読書会に参加したメンバー、誰も読んでませんでした。

なので、自分たちはどこが気に入ったのかという話題に。

私は長嶋有と同世代ということで、出てくる小物に懐かしさを覚えたり、

感覚が似ているところがお気に入りです。

熱くない。そこが私の肌に合うところです。

ゆったりとした文章です。そして、軽やか。

今作は特にそう思います。


「夕子ちゃんの近道」は連作短編集です。

西洋アンティーク店・フラココの二階に住み込みで働き始めた「僕」。

彼がそこで触れ合う人々との交流が描かれています。

三十代ということ、貯金があり、お金にはそんなに困っていないこと、

働くことや生活を快適に送るための環境を整えることをしたくない。

彼のことはそんな風に描かれていますが、

以前何をしていて、どうしてフラココに来ることになったのかということは

全く書かれていません。名前さえも。

そんな彼が、外に飛び出すまでのお話。

彼がフラココで何を得たのか。

社会でバリバリ頑張っている人はほとんど出てきません。

定時制の高校生、美大生、イラストレーター。

店長は経営者なのでそこそこ社会に接している人ですが、

どこか浮世離れした人。

唯一パワーがあるのがフランソワでしょうか。ま、脇役ですが。


「夕子ちゃんの近道」の中で、夕子ちゃんが知っている裏道を通り、

壁を乗り越え、竹林のそばの私道を通るシーンがあります。

それまで、「僕」は正規のルート、最初に教えられた道だけを使っていますが、

そこを夕子ちゃんに導かれて通ります。

社会から少し外れたもの(間違っている、というわけではない)の象徴です。

これが「僕」のフラココでの生活を象徴しています。

何かに疲れてしまったのだろう「僕」の再生は、ここでだからできたのでしょう。

そして、「僕」のことを詮索したりしない周囲の人々も再生の大きなポイント。

終わりあたりに「僕」が自分の名前を書くシーンがあるのですが、

それまでそれなりに付き合いがある人々が「そんな字なんだ」というのですが、

それくらい「僕」のことに触れない。

けれど、それは冷たいというわけではないのです。

夕子ちゃんは実はコスプレーヤーなのですが、彼女はそれを周囲に秘密にして

います。だけど、周りの人たちはそれをみんな知ってます。

けれども、夕子ちゃんが隠したがっているからと、あえて知らないふりを

してあげているのです。

「僕」のことを詮索しないのも、きっとそれと同じ。

彼が語らない限りは訊かないであげようという優しさなのです。

「僕」に関心がない訳ではないことは、夕子ちゃんたちが「僕」のことを

いろいろと想像しているところからもわかりますしね。

触れないであげる優しさが、あからさまでなく描かれているのが良いです。

旅立ちですべてが終わり、というのでもないのも良いです。


読書会では「大人のメルヘンだね」という結論に達しました。

この作品を読まれた他の方はどう思われるでしょう?



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