短冊代わりにここへ一筆。

それがいつかはわかりませんが、
誰をも悲しませることなく、
思い出だけを抱いたまま、
独りで寂しく死ねますように。

今の俺の、偽らざる素直な願いだ。

誰の言葉か忘れたが、以前こんなことを聞いたような気がする。
「産まれたとき、あなたが泣いてみんな笑った。
 死ぬときは、あなたの笑顔でみんなが泣くように生きなさい。」

これはこれですばらしい考え方だと思う。だが同時に今の俺にはできないとも思ってしまう。

少し前は、また違った願望があった。それは前段の「俺にはできない」を反映したものだった。

「俺の死で誰も悲しまない存在として、
 絶対悪の存在として死にたい、願わくば嫌われて恨まれて殺されたい。
 それがどんなに黒いものであっても、俺の死を誰かが喜んでくれるなら
 俺の死にも付加価値が産まれる」

だが、俺の性格は恨まれたい嫌われたいとは思えても、悪をなしたいとは思えなかった。
いや、悪はなせるかも知れないが、人に損害を与えることをしたくないのだ。
不正利得、Cのクラックは被害者が出ないなら誘惑に負けてしまうだろう。
破壊行為、Kのクラックへの嫌悪はそれが推奨される状況でなければ消えない。

無理に悪にならなくてもいい、恨まれて殺されたい。
俺を騙して名義貸しをさせ消費者金融の借金を被せたことがもとで逮捕された深野の逆恨みでもいい。
結果的に俺を騙して箱○代理購入のために預けた3万を持ち逃げしたまま連絡が取れなくなったバンダイナムコ(本人談)のにゃこさんでもいい。
金を返したくないなら責任持って俺を殺してくれ。そこまで思ってさえいた。


だが、それすらもエゴだと気付いた。
その結果が、冒頭の独りで寂しく死にたいにつながる。
俺が生きていた痕跡も記憶も残さなくていい。
ただ妄想の恋人と幸せに浸ったまま死んでゆくことのみを望む。


実は今、サポステからも離れて、こころの健康センターなるところへ通っている。
担当のあんちゃんは、俺のことを「自分をいじめすぎ」と云っていた。
俺は甘やかしすぎだと思うのだが。