PCエンジンソフトは売り払っていないはずなのに、雀偵物語3セイバーエンジェルとライザンバー3が見つからない。
またあの時の自分を責める自虐の虫が疼く。
発作的にあの時売り払ってしまったソフト群に紛れていたのだろうか。そんなことを考えてしまったからだ。
ゆえに今回のエントリはひたすらつまらない。生存確認だけして以後は読まなくていい。
単に俺が胸に詰まったゲロをこみあげてくる勢いに任せて吐き出しただけの物だからだ。
吐いても吐いてもなおつらいゲロだ。
今もまだあのことを悔やんでいる。ゲームを殺してしまったことを。
あの時売り払ってしまったソフトたちは一部しか思い出せない。プレイせずにいつか遊べればいいやとただ集めていた物も多かったからだ。
いつしか俺が老人になっても、他人に迷惑をかけず一人で過ごすときの終の相棒として、そこにゲームにいてほしかったが、それらを抱え続けていくこと自体が俺にはできなかった。
俺が抱えてやらずにいるより、やりたい誰かに届いて欲しいからこそ、俺はあえて売却価格が安くても全国チェーンだったゲームショップのワンパクへ託したつもりだった。
価値を否定していたと知っていたならワンパクなんぞに売らなかったのに。もはや俺が辞める頃までのワンパクではなかった。
流れればあるいは余裕のできた未来の自分を含む誰かがそれを受け継いでいた。
余剰不良在庫として廃棄され、絶対数が減る。知らなかったとはいえ、俺が殺したも同然だった。
かつて歩む会なる団体の代表を名乗っていた頃、メンバーに「代表が遊ぶとクソゲーも楽しそうに見えるから不思議だ」と云われたことがあった。
俺はクソゲーと呼ばれたモノたちの外しっぷりを心から楽しんでいただけなのだが。
俺は有野係長(今は課長だったか?)になりたかった。だがその資格を失ってしまったと思っている。
ニコニコには永井先生なる存在もいる。それは俺のやりたかったことだった。しかし複数の事情が重なりパソコンのネット環境がなくなってしまった。
実はこのたびようやくネットにつなげることになった。
そのために最後に残したハードをセッティングし、キャプチャ環境を整えた。
しかしそこで走らせるソフトは多くが失われてしまっていた。遅すぎたのだ。
20年以上かけて集めたゲームの大半が、受け継がれることなく失われてしまった。
しかも殺したのは俺自身。
愛しているのに、殺してしまった。
俺は身のほど知らずにも、背負いきれない愛を背負おうとして重さに耐えきれず潰れた、滑稽な男だったのだ。
ハードを減らしたのに減らしてない電源タップの口が6かける3で18ぴったりなのがもうその時点でありえない。かつては同規格の電源ケーブルは差し替えて使っていた。
そう考えるとやはりそれは俺という男の許容量を越えたコレクションだったのだろう。
こないだのゲームサイドはそれをなしえた男、いや漢たちの対談が載っていた。
俺もそこに居たかったんだ。
見ると辛いのがわかっているのに、自らに罰として拷問を課すように、ゲームサイドを読んでいる。
金がなくて買えなくなっても、自らに罰を与え続けるために読もうとするのだろう。
さらに致命的なことにこの馬鹿、他にできそうなことが何一つない。
またあの時の自分を責める自虐の虫が疼く。
発作的にあの時売り払ってしまったソフト群に紛れていたのだろうか。そんなことを考えてしまったからだ。
ゆえに今回のエントリはひたすらつまらない。生存確認だけして以後は読まなくていい。
単に俺が胸に詰まったゲロをこみあげてくる勢いに任せて吐き出しただけの物だからだ。
吐いても吐いてもなおつらいゲロだ。
今もまだあのことを悔やんでいる。ゲームを殺してしまったことを。
あの時売り払ってしまったソフトたちは一部しか思い出せない。プレイせずにいつか遊べればいいやとただ集めていた物も多かったからだ。
いつしか俺が老人になっても、他人に迷惑をかけず一人で過ごすときの終の相棒として、そこにゲームにいてほしかったが、それらを抱え続けていくこと自体が俺にはできなかった。
俺が抱えてやらずにいるより、やりたい誰かに届いて欲しいからこそ、俺はあえて売却価格が安くても全国チェーンだったゲームショップのワンパクへ託したつもりだった。
価値を否定していたと知っていたならワンパクなんぞに売らなかったのに。もはや俺が辞める頃までのワンパクではなかった。
流れればあるいは余裕のできた未来の自分を含む誰かがそれを受け継いでいた。
余剰不良在庫として廃棄され、絶対数が減る。知らなかったとはいえ、俺が殺したも同然だった。
かつて歩む会なる団体の代表を名乗っていた頃、メンバーに「代表が遊ぶとクソゲーも楽しそうに見えるから不思議だ」と云われたことがあった。
俺はクソゲーと呼ばれたモノたちの外しっぷりを心から楽しんでいただけなのだが。
俺は有野係長(今は課長だったか?)になりたかった。だがその資格を失ってしまったと思っている。
ニコニコには永井先生なる存在もいる。それは俺のやりたかったことだった。しかし複数の事情が重なりパソコンのネット環境がなくなってしまった。
実はこのたびようやくネットにつなげることになった。
そのために最後に残したハードをセッティングし、キャプチャ環境を整えた。
しかしそこで走らせるソフトは多くが失われてしまっていた。遅すぎたのだ。
20年以上かけて集めたゲームの大半が、受け継がれることなく失われてしまった。
しかも殺したのは俺自身。
愛しているのに、殺してしまった。
俺は身のほど知らずにも、背負いきれない愛を背負おうとして重さに耐えきれず潰れた、滑稽な男だったのだ。
ハードを減らしたのに減らしてない電源タップの口が6かける3で18ぴったりなのがもうその時点でありえない。かつては同規格の電源ケーブルは差し替えて使っていた。
そう考えるとやはりそれは俺という男の許容量を越えたコレクションだったのだろう。
こないだのゲームサイドはそれをなしえた男、いや漢たちの対談が載っていた。
俺もそこに居たかったんだ。
見ると辛いのがわかっているのに、自らに罰として拷問を課すように、ゲームサイドを読んでいる。
金がなくて買えなくなっても、自らに罰を与え続けるために読もうとするのだろう。
さらに致命的なことにこの馬鹿、他にできそうなことが何一つない。