引越の荷物も受け取ってじわじわ開いていたところへ母親から電話があり、久しぶりに家族で映画を見に行ってきた。
憑神
貧乏神、疫病神、死神という、神様なんだけどあんまり嬉しくない神様に取り憑かれる、江戸末期の武家の次男ヒコシロウのお話。
笑かしてもらった。
そんでもって、羨ましくさえ思っている自分のダメさを改めて知ることに。
さて、自分にこの嫌われ者の神様達が憑いたらどうするかね。
貧乏とは金に困ること。金に困っても金は喰えぬ。金に困っても物に困らなければどうということはない。それを貧乏神に求めるのもどうかと思うが。
病に苦しむのは生きておればこそ。苦しんでおるあいだは死ぬことはない・・・かなり無茶な論理だが。
死神が見えることほど有り難いことはない。ある日突然やってくるため準備も覚悟もないまま受け入れざるをえない死を予め知ることで、準備も覚悟も事前に用意できる。
ネタバレ反転
作中でヒコシロウは貧乏と疫病の災厄を他者を身代わりにすることで逃れたが、童女の姿で表れた死神の災厄は死神自身が他者への振り替えを申し出たにもかかわらず、これを断る。代々の影武者という職務を誠実に引継ぎ全うすることを選び、腰抜けの末代将軍に成り代わって終わりゆく時代とともに散りゆく侍達を見取ることを選ぶ。その熱意にほだされた死神おツヤは契りを結び心中を誓うのだ。
いや、別にこのロリコン野郎うまいことやりやがってという嫉みではなく(俺自身がロリコンであることは否定しないが、そうではない)
お役成就の達成感と、想われ人と一緒の幸せを抱いて、カッコよく死んでいけたヒコシロウが羨ましくてならん。
俺はここ何年か、世の中に絶望して死にたいとか云っていた。
中古ソフト売買を守ったという、想像しうる最高の達成感の中で死ぬことが出来なかったから、次善の選択として、最悪の絶望感からの逃避を死というものに求めていた。
羨ましいとは、そうなりたいと思うこと。
満足して、死にたい。
幸せとともに、死にたい。
幸いなことに俺の想い人は胸の内に居る。厳密には胸の内にしか居ないが。
それは本田透氏の著書「電波男」のおかげである。これで私は救われた。
幸せはもう胸の内にあり、誰にも、死にも奪われることはない。
あとはもういいやと満足して、死にたい。
これは叶わぬ欲望なのだろうか。
否、所詮人の想像しうる範囲、なれば人に為せぬ筈はない。
確かに今は自力では叶えることの出来ないことだが、一日先か一週先か一月先か一年先か十年先か百年先かあるいは今かも判らないが突然訪れる今際の際に、満足して死ねる達成感を手にしたいものだ。
最悪手にすることが出来なくても、過去のいいとこだけ選りすぐって思い出せれば、それはそれで楽しい人生だったと笑えればいいや。
憑神
貧乏神、疫病神、死神という、神様なんだけどあんまり嬉しくない神様に取り憑かれる、江戸末期の武家の次男ヒコシロウのお話。
笑かしてもらった。
そんでもって、羨ましくさえ思っている自分のダメさを改めて知ることに。
さて、自分にこの嫌われ者の神様達が憑いたらどうするかね。
貧乏とは金に困ること。金に困っても金は喰えぬ。金に困っても物に困らなければどうということはない。それを貧乏神に求めるのもどうかと思うが。
病に苦しむのは生きておればこそ。苦しんでおるあいだは死ぬことはない・・・かなり無茶な論理だが。
死神が見えることほど有り難いことはない。ある日突然やってくるため準備も覚悟もないまま受け入れざるをえない死を予め知ることで、準備も覚悟も事前に用意できる。
ネタバレ反転
作中でヒコシロウは貧乏と疫病の災厄を他者を身代わりにすることで逃れたが、童女の姿で表れた死神の災厄は死神自身が他者への振り替えを申し出たにもかかわらず、これを断る。代々の影武者という職務を誠実に引継ぎ全うすることを選び、腰抜けの末代将軍に成り代わって終わりゆく時代とともに散りゆく侍達を見取ることを選ぶ。その熱意にほだされた死神おツヤは契りを結び心中を誓うのだ。
いや、別にこのロリコン野郎うまいことやりやがってという嫉みではなく(俺自身がロリコンであることは否定しないが、そうではない)
お役成就の達成感と、想われ人と一緒の幸せを抱いて、カッコよく死んでいけたヒコシロウが羨ましくてならん。
俺はここ何年か、世の中に絶望して死にたいとか云っていた。
中古ソフト売買を守ったという、想像しうる最高の達成感の中で死ぬことが出来なかったから、次善の選択として、最悪の絶望感からの逃避を死というものに求めていた。
羨ましいとは、そうなりたいと思うこと。
満足して、死にたい。
幸せとともに、死にたい。
幸いなことに俺の想い人は胸の内に居る。厳密には胸の内にしか居ないが。
それは本田透氏の著書「電波男」のおかげである。これで私は救われた。
幸せはもう胸の内にあり、誰にも、死にも奪われることはない。
あとはもういいやと満足して、死にたい。
これは叶わぬ欲望なのだろうか。
否、所詮人の想像しうる範囲、なれば人に為せぬ筈はない。
確かに今は自力では叶えることの出来ないことだが、一日先か一週先か一月先か一年先か十年先か百年先かあるいは今かも判らないが突然訪れる今際の際に、満足して死ねる達成感を手にしたいものだ。
最悪手にすることが出来なくても、過去のいいとこだけ選りすぐって思い出せれば、それはそれで楽しい人生だったと笑えればいいや。