今日、いやもう昨日か。19日昼、えねーちけーの某番組を見ていたときのこと。


 蔵書の許容量を超えた図書館で、新しい図書を入れる際、押し出される形で古い図書が廃棄されてしまうという話をしていた。

 そうして廃棄されてしまう本の中には、資料的価値が高いものも少なくないのだが、新しい本を入れるために仕方なく廃棄せざるをえない現状がある、という話。


 別のことをしながらだったのでその対策の紹介は聞き逃したのだが、なんだか身につまされる思いだ。


 思い出すだけで凹むが、

部屋の許容量に負けて大事なものを失った自分と、

商材とならぬ物に対して倉庫代を払う価値なしと廃棄したwanpakuと、

なにか重なるものを感じる。


 金沢から岡山へ行ったときはロフトがあった。色々選抜して持っていった。

 岡山で上中野から当新田に移ったときは広くなった。ゲームが増えたのもこの頃だ。鉄騎を買ったのもね。

 当新田から原へ移ったときは、半分の広さの部屋へゴミも含めて全てを運んだ。身体を伸ばして眠れたのは岡山への引越しの前日だった。

 岡山から東京府中へ。六畳くらい?と聞いていたので荷物を減らしたが、その部屋は、実質4畳程度だった。


 wanpakuが新しい商材のためのスペースを確保する攻めの廃棄なのに対して、俺は背負いきれなくて失ってしまった守りの廃棄だ。


 それでもギリギリまで棄てたくなくて、かつて俺は売却ではなく圧縮を選んだ。

 売却時の価値が下がることを承知の上で、あの時の俺は棄てることなど思いもしなかったから、俺はケースを棄てた。

 ケースを棄てて、ディスクとマニュアルとジャケットを保存した。

 そのときの対象は、PCEのCDロムとSSだった。Huカードは専用ケースだったし、PSも刻印入りケースがあったからだ。

 しかし、今回の引越しにあたって、ついにHuカードもケースを棄てた。スリーブも棄てた。


 ドリキャスはごく一部だがトールケースを採用していたのでそのままだった。それであの時10円の値がついてしまった。

 同時に売却したソフトに付いた値段がけっこうな額だったため、勢いで売ってしまった。これがもしSS同様裸にしていたら1円買取だったろう。もしそうなら躊躇って持ち帰ったろう。あるいはそこまで圧縮できていれば持っていけたかもしれない。PSもだ。

 悔しいが、もう遅い。


 そして、哀しいことに、圧縮したことによって、同じ体積の空間を確保するために失わなければならなかった物の総量が増えてしまった。


 結局、何を残したかもまだ調べられていない上、どうやらそれが今度は何を売るかになりそうな現状が哀しい。


 それなのに、それなのに・・・


 この馬鹿また鉄騎買いやがった!

 旧箱も抑えてないのに!