俺は罪の意識を背負っていかなけりゃならない。
それに値するだけの罪を俺は犯してしまった。
引っ越しにあたって、本を売って、あるいは捨てた。
古い攻略本や濃ゆいゲーム系読み物なんかは買取拒否なんて物もあって、ワンパクは攻略本ならとりあえず10円買取だった。濃すぎた本はブックマートが処分で0円引き取りだった。
次にゲームを売った。
たとえ最低価格10円買取だったとしても、ショップに売れば市場を通して流れているかぎり、それは生きていると思ったからだった。
いわゆる現行商品、PS2とXBOX、ゲームボーイアドバンスはごく普通の買取相場の安い値がついた。一軍を手元に残したからと言うのもあるが。
ファミコン、メガドラ、メガCD、ゲームボーイ、PC-FX、プレステ1、ドリキャス、一律10円。
色々追い詰められていた俺は先述の現行商品の買取価格の勢いもあってそれらを一律10円で売ってしまった。
数日後、第二陣として剥き身のサターンソフトを持ち込んだ。
レアもゴミも一律1円。さすがにそれはと悩む。弟にせっつかれてはいたが、この時点で大家さんと話がついており、後程日割りで計算した家賃を払うことになっていた。
売ったドリキャスが並んでいないことに気付く。聞いてみた。
ハード自体取り扱えませんし、売場使ってもほとんど回りませんし、倉庫に送って、そのあとは廃棄されるでしょうね。買取ってのはサービスみたいなもんです。
俺のなかで何かが音をたててくずれおちた。
もうこないだのソフトは在庫の中だと云う。取り出すことは、取り戻すことは、叶わなかった。
ワンパクはアクトからネステージになって何だかおかしくなってしまった気がする。
俺が儲けそこなったことはどうでもいい。
市場に流れることで生き続けられると信じて最低価格でも手放した、レアや未開封を含むソフト達を、なんのことはない。俺は殺してしまったのだ。
ゲームを深く愛しているがゆえに、この罪は大きく重く俺の背中にのしかかる。
赦される術はない。
逃れる術はある。ゲームへの愛を捨てればいい。
よって俺には不可能だ。愛し続けるかぎり、消えない後悔を背負っていく。
店員は、あるいは目ざとい社員が価値のありそうな物を拾い上げて流すかも知れないと云っていた。
俺以外の誰かがボロ儲けしようと構わない。市場に流れる可能性がまだあると云うことが重要なのだ。
その僅かな可能性を信じたかった。
日本通運の単身パック二つに荷物を詰め込み、埋め立てゴミを出し、廃品回収業者にがらくたを持っていって貰い、がらんどうの部屋の鍵を返し、
永らく寄っていなかった、前の住所から行っていたショップ等を回ってみた。
扱ってるじゃんよ!
ゲオとかメディオとかに売ればよかった。たとえ同じような値段で買い取られてもまだ店に並べばそれでよかった。
青江のワンパクは、俺の知っていた「ゲームショップ」ではなくなっていた。たしかにゲームショップなのだが、俺はあそこをそう呼びたくない。
青江のワンパクはアクト時代は直営店だった。今はどうだか知らないが、本部の意向を強く受けた店員がいる。
サターンドリキャスプレステ1の一律低価格処分をしていた。例外はカラスだけだが買う気はしなかった。
岡大店で聞いた処分の話を聞いてみる。
処分はある意味仕方ないこと、保管にかかる費用もバカにならない。
目ざとい誰かが拾い上げるようなこともない。それは横領で一発で首だとのこと。
最後の望みも断たれた。
さようなら、ワンパク。
もう二度とこの店で売ることも買うこともしたくない。
最終日の4日は自転車を引き取ってもらって、駅近辺で時間を潰す。
ならば行かねばなるまい。かつてキワメと名乗っていたゲーム番長へ。
三丁目劇場脇の商店街、途中で栄町商店街と交わるところで北にまがって右手にあるカオスの固まりがそうだ。岡山で骨董系のゲームショップは他に知らない。ゲームだけではなく、ビックリマンとかも取り扱っている。
本も。
処分してしまった本達も、ここでは輝いていた。
俺は一番売ってはいけない店に売ってしまった。すべてここへ持ってくるべきだった。
俺はお店の人に謝った。わけが解らなかったかも知れないが、それでも謝った。もちろん罪も罪の意識も消えないが、そうせずにはいられなかった。
サターンと予備ハード群、一部のマイナーハードについては、オークションを経て価値を見いだせた人たちに受け継いでもらうことができた。
皆ゲームを愛し、金額以上に物に込められた思いを大事にしてくれた。価値が解る彼らだからこそ、安心して託せる。
あわてすぎて出し損ねたものもあったが、それはあとで出すかどうか決める。
もしこの後何かできることがあるとすれば、廃棄処分されるかもしれない在庫の引き取り手を見付け、引き渡すことで市場の片隅に残すことだけだ。
だが、俺はもう動けない。
岡山からも離れてしまったし、あの頃程の情熱の炎はもうない。
いつからか、ワゴンの裸ソフトを全部確かめることをしなくなった。
恋い焦がれていた情熱は、手元に置くことで愛になったが、愛のキャパシティを超えたストックで、だんだんと疎遠になっていっていた。
やがては、いつか気が向いたときにという、いつくるか、あるいは来ないかもわからないいつかのために、ハードとソフトでかなりの場所を取られていた。
一年以上火を入れていないソフトも山ほどあった。
愛は思い出になっていたのだ。
それでも半年前は市内の引っ越しだったため、全部を半月かけて一人で運び込んだ。だが今度は岡山から東京だ。思い出は「重いで」になってしまっていた。
今回の処分は、やがて死に至る量の心の贅肉を外科手術で取りのぞくようなものだ。
激痛を伴う手術だったが、必ずしも成功したとは思えない。一軍を残したり、鉄騎は買い戻す気でいたりするからだ。
5.1のスピーカーは諦めがついている。代替のヘッドフォンを用意できたから。
三つ子の魂百まで。
ゲームへの執着とも呼べるこの思いは、そう簡単には消せないようだ。
たとえゲーム殺しの十字架を背負い続けることになっても。
ゲームを愛するすべての皆さん、私は赦されることのない罪を犯してしまった。
赦してくれとは云わない、云えない。
だが、それでも謝らせてもらいたい。
すまなかった。
同様な被害が繰り返されないことを心より願う。
東京に迎う夜行バスの中より。
それに値するだけの罪を俺は犯してしまった。
引っ越しにあたって、本を売って、あるいは捨てた。
古い攻略本や濃ゆいゲーム系読み物なんかは買取拒否なんて物もあって、ワンパクは攻略本ならとりあえず10円買取だった。濃すぎた本はブックマートが処分で0円引き取りだった。
次にゲームを売った。
たとえ最低価格10円買取だったとしても、ショップに売れば市場を通して流れているかぎり、それは生きていると思ったからだった。
いわゆる現行商品、PS2とXBOX、ゲームボーイアドバンスはごく普通の買取相場の安い値がついた。一軍を手元に残したからと言うのもあるが。
ファミコン、メガドラ、メガCD、ゲームボーイ、PC-FX、プレステ1、ドリキャス、一律10円。
色々追い詰められていた俺は先述の現行商品の買取価格の勢いもあってそれらを一律10円で売ってしまった。
数日後、第二陣として剥き身のサターンソフトを持ち込んだ。
レアもゴミも一律1円。さすがにそれはと悩む。弟にせっつかれてはいたが、この時点で大家さんと話がついており、後程日割りで計算した家賃を払うことになっていた。
売ったドリキャスが並んでいないことに気付く。聞いてみた。
ハード自体取り扱えませんし、売場使ってもほとんど回りませんし、倉庫に送って、そのあとは廃棄されるでしょうね。買取ってのはサービスみたいなもんです。
俺のなかで何かが音をたててくずれおちた。
もうこないだのソフトは在庫の中だと云う。取り出すことは、取り戻すことは、叶わなかった。
ワンパクはアクトからネステージになって何だかおかしくなってしまった気がする。
俺が儲けそこなったことはどうでもいい。
市場に流れることで生き続けられると信じて最低価格でも手放した、レアや未開封を含むソフト達を、なんのことはない。俺は殺してしまったのだ。
ゲームを深く愛しているがゆえに、この罪は大きく重く俺の背中にのしかかる。
赦される術はない。
逃れる術はある。ゲームへの愛を捨てればいい。
よって俺には不可能だ。愛し続けるかぎり、消えない後悔を背負っていく。
店員は、あるいは目ざとい社員が価値のありそうな物を拾い上げて流すかも知れないと云っていた。
俺以外の誰かがボロ儲けしようと構わない。市場に流れる可能性がまだあると云うことが重要なのだ。
その僅かな可能性を信じたかった。
日本通運の単身パック二つに荷物を詰め込み、埋め立てゴミを出し、廃品回収業者にがらくたを持っていって貰い、がらんどうの部屋の鍵を返し、
永らく寄っていなかった、前の住所から行っていたショップ等を回ってみた。
扱ってるじゃんよ!
ゲオとかメディオとかに売ればよかった。たとえ同じような値段で買い取られてもまだ店に並べばそれでよかった。
青江のワンパクは、俺の知っていた「ゲームショップ」ではなくなっていた。たしかにゲームショップなのだが、俺はあそこをそう呼びたくない。
青江のワンパクはアクト時代は直営店だった。今はどうだか知らないが、本部の意向を強く受けた店員がいる。
サターンドリキャスプレステ1の一律低価格処分をしていた。例外はカラスだけだが買う気はしなかった。
岡大店で聞いた処分の話を聞いてみる。
処分はある意味仕方ないこと、保管にかかる費用もバカにならない。
目ざとい誰かが拾い上げるようなこともない。それは横領で一発で首だとのこと。
最後の望みも断たれた。
さようなら、ワンパク。
もう二度とこの店で売ることも買うこともしたくない。
最終日の4日は自転車を引き取ってもらって、駅近辺で時間を潰す。
ならば行かねばなるまい。かつてキワメと名乗っていたゲーム番長へ。
三丁目劇場脇の商店街、途中で栄町商店街と交わるところで北にまがって右手にあるカオスの固まりがそうだ。岡山で骨董系のゲームショップは他に知らない。ゲームだけではなく、ビックリマンとかも取り扱っている。
本も。
処分してしまった本達も、ここでは輝いていた。
俺は一番売ってはいけない店に売ってしまった。すべてここへ持ってくるべきだった。
俺はお店の人に謝った。わけが解らなかったかも知れないが、それでも謝った。もちろん罪も罪の意識も消えないが、そうせずにはいられなかった。
サターンと予備ハード群、一部のマイナーハードについては、オークションを経て価値を見いだせた人たちに受け継いでもらうことができた。
皆ゲームを愛し、金額以上に物に込められた思いを大事にしてくれた。価値が解る彼らだからこそ、安心して託せる。
あわてすぎて出し損ねたものもあったが、それはあとで出すかどうか決める。
もしこの後何かできることがあるとすれば、廃棄処分されるかもしれない在庫の引き取り手を見付け、引き渡すことで市場の片隅に残すことだけだ。
だが、俺はもう動けない。
岡山からも離れてしまったし、あの頃程の情熱の炎はもうない。
いつからか、ワゴンの裸ソフトを全部確かめることをしなくなった。
恋い焦がれていた情熱は、手元に置くことで愛になったが、愛のキャパシティを超えたストックで、だんだんと疎遠になっていっていた。
やがては、いつか気が向いたときにという、いつくるか、あるいは来ないかもわからないいつかのために、ハードとソフトでかなりの場所を取られていた。
一年以上火を入れていないソフトも山ほどあった。
愛は思い出になっていたのだ。
それでも半年前は市内の引っ越しだったため、全部を半月かけて一人で運び込んだ。だが今度は岡山から東京だ。思い出は「重いで」になってしまっていた。
今回の処分は、やがて死に至る量の心の贅肉を外科手術で取りのぞくようなものだ。
激痛を伴う手術だったが、必ずしも成功したとは思えない。一軍を残したり、鉄騎は買い戻す気でいたりするからだ。
5.1のスピーカーは諦めがついている。代替のヘッドフォンを用意できたから。
三つ子の魂百まで。
ゲームへの執着とも呼べるこの思いは、そう簡単には消せないようだ。
たとえゲーム殺しの十字架を背負い続けることになっても。
ゲームを愛するすべての皆さん、私は赦されることのない罪を犯してしまった。
赦してくれとは云わない、云えない。
だが、それでも謝らせてもらいたい。
すまなかった。
同様な被害が繰り返されないことを心より願う。
東京に迎う夜行バスの中より。