マイニチ@SPICE -98ページ目

アサイチ5

 先日手相を少し見られる人と一緒にいたので、みんなでワイワイ手相を見てもらいました。
 手相は流派によって右と左どっちを見るか違うのだけれど、その人は左手で見るとのことで、みんなで手を突き出して
「生命線が・・・」
とか言われると一斉に自分とお互いの生命線を見比べるというようなことを繰り返し、手相のおもしろさにテンションが上がったのでした。

 思えば私、手相を見ることが中学時代から好きでした。ドラえもんの手相の本を持っていたもの。そして中学の頃に比べたら私の左手の手相はかなり変わって来ています。中学高校くらいの頃には運命線が全く見えなくて、私の運命って・・・と思っていたものなのですが今はくっきり出ているのです。他にも色々と変わっていて、手相って本当に変わるんだと身を以て実感しているのです。
 
 そしてそのみんなでワイワイ手相を見ていた時のこと、手相って自分でも気がついていないものが出ていたりするし最近手相を見ていなかったからちょっと見せるのをためらい、みんなの手を一通り見た後に最後に手を差し出してみました。すると、その手相を見てくれた人が
「これはすごくいい手だと思う!」
と言ってくれたのですが、その驚きと同時に私もとっても驚いていたのです。数ヶ月前にはなかった線が、くっきりと左手に出来ていました。えええ???と思って、何だこの線?こんな線絶対なかったのに!?と驚いていると
「それは財運線だよ」
とのこと。以前はあるかないかわからなかった金運線もくっきり。え、どうしたんですか私。財運やら金運やらに縁が???
 よくわかりませんが、手相が変わったのは確か。あれは驚いたなぁ。
 
 ちなみに私、KY線があるんです・・・。5%位の人にしかない珍しい線なんですって。『空気読めない』の通り、自由奔放に自分の道を行くという意味だそうです。ええ、まぁ、そうです。これは、生命線と頭脳線の始点が離れているかどうかで見るそう。一般的にはここは繋がっているんだそうです。しかし私は生まれてこのかたずっと生命線と頭脳線が1cmくらい離れた自分の手を見ているものだから、これが普通だと思っていました。まさか5%しかいない手相だったとは・・・。
 それと、手にホクロがあるのはいいんですって。
 これも、私あるんです。手にホクロ。ちっちゃいの。私は人差し指の下にあるので『名誉をつかむ』という意味だそうです。へぇぇ。

 手相ってやっぱりおもしろいです。
 占いの中では簡単な方だし、自分でもある程度見ることが出来るからもっとちゃんと勉強すればおもしろいなとおもいます。はまりそう。

 今日もきてくれてありがとうございます。
 あなたも手相、見てみませんか?

アサイチ4

 はい、そこ。
「もう11時半じゃん。アサイチじゃないじゃん。」
とか言わないの。午前中までに書けばアサイチっていうゆるーーいルールがあるんだからいいの。

 さて、今日は似ているという話。
 昨日友達のバーベキューに呼んでもらったのでバーベキューやる気満々の格好で出かけてきました。ジーンズ・スニーカー・Tシャツ・ニットのパーカー。私にしてはめっちゃカジュアルな、やる気仕様です。
 そんな格好の話はともかくとして、3次会で(いきなり3次会の話ですが)、
「◯◯◯◯さんに似てるよね」
と言われました。すると周りにいた人も一斉に
「似てる!ものすごい似てる!!見れば見る程似てる!!!」
と言うのです。
 しかし私はこの◯◯◯◯さんという名前がわからなかったので、みんなの知り合いで私が知らない人なんだと思いながら聞いていました。そんな私の『ヘェ』という反応を不思議に思った周りが
「◯◯◯◯(地方局)のアナウンサーだよ。」
と。『そうなんだ、全然テレビ見なくて本気でわからない・・・。』と言ってみると、その場で携帯でその局のページを出してくれて写真も見せてくれました。しかし、似ているのか自分ではわからない・・・。
 わからなくて戸惑う私を他所に、周りは盛り上がるのでした。

 有名人に似ていると言われるのは久々でした。
 10代後半から20代前半の頃はよくこういう話もあったけれど、最近めっきりなかったからなぁと。
 誰かに似ていると言われて、その人が有名人だとネットなどで写真が見られるわけです。その写真を見ながら『私はこういう顔にまわりから見られているのか』と思い、ちょっと客観的な視線になれておもしろいと思います。鏡を見るのとはまた違う感じですよね。

 今日も来て下さってありがとうございます。
 また今日も外食です。食生活の乱れが激しい今日この頃です。秋刀魚が食べたいわぁ。

アサイチ3

 今日は最近読んでいる本のお話をしようと思いますよ。

 あれはいつだったかしら。そう夏休みの頃だったかもしれませんね。ふとしたきっかけで私は宇野千代さんの本を手にしたのです。手にしてすぐには読まなくて、部屋の片隅ごちゃごちゃと荷物を置いているところに紛れ込ませていたように思います。
 それがあるとき、これもまたふとした拍子で読み始めたのです。するとまあ、なんてことでしょう。宇野千代さんという女性の生き方ときたらまるで劇物語のようじゃありませんか。ああ、私が読んだのは宇野千代さんが80をとうに過ぎてから書いた自身のエッセイのようなものだったのですけどね、その本には人生の教訓が300以上入っているというようなことが帯か裏表紙に書かれていたのですよ。まったくはばかりもなくよく言ったものですが、実際読んでみるとまあ本当に人生の教訓だらけでしてね。本を読むことも久々ではあったけれど、私はその内容と申しますか宇野千代さんという人物に激しく衝撃を受けたのでした。
 そしてその本がまだ読み終わらないうちにまたブックオフに駆け込みましたね。そこにあった文庫の宇野千代さんの本は全て買いました。全てと言っても3冊か4冊ですけれど、人生においてそんな衝動でタイトルも見ずに作家さんの名前だけで買うというのは初めてのことですから、如何に私が衝撃を受けたのかおわかりいただけるのではないでしょうか。
 今もまたエッセイのようなものを読んでいます。それは宇野千代さんが上京するきっかけから書かれた本で、娘時代の貧しい生活を生き生きと書いてあるのです。宇野千代さんはどんな状況でも恐ろしく前向きでしたし、周囲から哀れみの目で見られそうなことでも自分はものともせず逆にパワーに変えてしまう勢いで生きてらっしゃったのだと思うのです。そしていつも男性の存在があり、好いた人の為に他の何もかもを顧みない行動をとるようなお人で、ああ本当に意気な人生であるなと私は思ったりするのですよ。
 私自身、少しだけ、ほんの少しだけですけれど近いものを持っていると自己評価していましてね。宇野千代さんは4回結婚と離婚を繰り返したようですからそのようになりたいと思うわけではないのですけれど、その激しい女性としての人生には憧れを抱くのです。ややもすれば忘れがちな女性の心情を教わるような気分で本を読む毎日なのです。

 今日は宇野千代さん風にお届けしてみましたよ。全く似てはおりませんが、雰囲気だけは真似たつもりです。そりゃア同じには書けません。
 今日も来て下さって本当にありがとうございます。