ごっそり抜ける
最近髪の毛がごっそり抜けるんです。
そりゃあもうごっそり。
大量に。
いよいよ薄毛になっちゃうかも。
そしたらYOU風のパーマかけよう♪
あのパーマは髪の量が少ない人じゃないときれいに見えないらしくて、前に美容室でオーダーしようとしたら思いっきり拒否されたのでした。美容師さんに。
しかもYOUさんはあのぼわっとした空気感を出す為にシャンプーオンリーなんだとか。トリートメントでしっとりさせちゃうとあのぼわっと感が出ないらしい。
だけどあのパーマにするには髪伸ばさなくちゃな。
とか思うのですが、多分今秋だから髪がごっそり抜けてるんじゃないかと思うんですよね。
人間にもあると思う。季節の変わり目の毛の生え変わりの時期。
この季節を過ぎたら脱毛も少しおさまるといいなと思う秋の夜長。
そりゃあもうごっそり。
大量に。
いよいよ薄毛になっちゃうかも。
そしたらYOU風のパーマかけよう♪
あのパーマは髪の量が少ない人じゃないときれいに見えないらしくて、前に美容室でオーダーしようとしたら思いっきり拒否されたのでした。美容師さんに。
しかもYOUさんはあのぼわっとした空気感を出す為にシャンプーオンリーなんだとか。トリートメントでしっとりさせちゃうとあのぼわっと感が出ないらしい。
だけどあのパーマにするには髪伸ばさなくちゃな。
とか思うのですが、多分今秋だから髪がごっそり抜けてるんじゃないかと思うんですよね。
人間にもあると思う。季節の変わり目の毛の生え変わりの時期。
この季節を過ぎたら脱毛も少しおさまるといいなと思う秋の夜長。
アサイチ1
おはようございます。
今日からアサイチ復活です。
連休も終わったことだし。
連休の4日目、父に呼ばれて実家に帰っていました。
実家は団地でとても狭いのですが、我が家は荷物に溢れています。何を思ったか父が大掃除をするというのでその手伝いをしようと帰省し、自分の部屋をのぞいてみると・・・そこはゴミ捨て場か倉庫のような状態に。げんなりしつつ荷物の山を「可燃ゴミ」「不燃ゴミ」「プラ」「とっておくもの」に分別しました。
その作業の途中、紙袋に入った紙の束やら冊子を発見。なんだろうと思って見ると、小学6年の時に書いた作文や生活帳でした。かなり気になるものの見始めたら作業の手が止まってしまうと思い、生活帳だけパラパラと見てみたのです。そして、そこに書かれている文章を見て衝撃を受けたのでした。
「◯月◯日
学級文集に入れるみんなの作文を読みました。
『もっとこうしたらいいのに』とか『ここはこう書き直した方がいいのに』と思うところがいっぱいありましたが、私が書き直してしまうとみんなの文章にならないのでやめておきました。」
という趣旨の文章。
うわーーーー。
私小学校6年からこんなこと言ってたのか。
今と全然変わっていない。
つい先週、仕事で同じこと言ってたよ。
うわーーーーーー。
そしてその私の日記に対する先生の言葉。
「そうだね」
うわーーー・・・。
小学6年から意外と進歩せずに来ていることに驚きつつ、小学6年でこんなことを書いている自分に驚きつつ、なんで学級文集(?)の原稿なんて私が読んでいたのかも思い出せずに何だか気恥ずかしい思いでこの生活帳が入った紙袋は「とっておくもの」に分類しました。
今日もきてくれて本当にありがとう。
また、アサイチ頑張ります。
今日からアサイチ復活です。
連休も終わったことだし。
連休の4日目、父に呼ばれて実家に帰っていました。
実家は団地でとても狭いのですが、我が家は荷物に溢れています。何を思ったか父が大掃除をするというのでその手伝いをしようと帰省し、自分の部屋をのぞいてみると・・・そこはゴミ捨て場か倉庫のような状態に。げんなりしつつ荷物の山を「可燃ゴミ」「不燃ゴミ」「プラ」「とっておくもの」に分別しました。
その作業の途中、紙袋に入った紙の束やら冊子を発見。なんだろうと思って見ると、小学6年の時に書いた作文や生活帳でした。かなり気になるものの見始めたら作業の手が止まってしまうと思い、生活帳だけパラパラと見てみたのです。そして、そこに書かれている文章を見て衝撃を受けたのでした。
「◯月◯日
学級文集に入れるみんなの作文を読みました。
『もっとこうしたらいいのに』とか『ここはこう書き直した方がいいのに』と思うところがいっぱいありましたが、私が書き直してしまうとみんなの文章にならないのでやめておきました。」
という趣旨の文章。
うわーーーー。
私小学校6年からこんなこと言ってたのか。
今と全然変わっていない。
つい先週、仕事で同じこと言ってたよ。
うわーーーーーー。
そしてその私の日記に対する先生の言葉。
「そうだね」
うわーーー・・・。
小学6年から意外と進歩せずに来ていることに驚きつつ、小学6年でこんなことを書いている自分に驚きつつ、なんで学級文集(?)の原稿なんて私が読んでいたのかも思い出せずに何だか気恥ずかしい思いでこの生活帳が入った紙袋は「とっておくもの」に分類しました。
今日もきてくれて本当にありがとう。
また、アサイチ頑張ります。
働きマン
シルバーウィークももう最終日。
5日もお休みがあってもやることないしどうしよう・・・と思っていたわりに、すんなり最終日。
1日おきに誰かに会う予定があったことや、「5日も休みがあるんだから1日くらい家に帰ってくるってものだろう」という父の謎の発言により実家に帰ったことが、この連休をただ寝てるだけで過ごさずに済んだポイントだろう。今日もこれからお昼を会社の後輩と食べてきます。
それなのに、この連休中、ずっと私の頭の中は仕事のことでいっぱい。
正しくは仕事と自分の人生についてでいっぱい。
18日には先輩のお店のオープニングパーティーに参加し、新しいことが始まる高揚感やクリエイティブな人々の熱意や『長野』というキーワードに触れ、「何かをやりたかったらもう長野を出るしかないのか」と思っていた私の気持ちが「長野にもっと関わることでこれまでと違ったことが出来るのではないか」という方向に少し変わった。今はその発展で「私がやりたいことは場所を選ぶのか?」というところに辿り着いている。
19日には人生に於いてとても重要な出会いがあり、仕事や人生についての考え方を散々話し合った。社会人になって一番刺激的な出会いだったと思うし、社会人になって一番尊敬出来る人との出会いでもあった。これによって頭の中が仕事モードに突入し、おかげで連休中ずっと仕事のことを考え続けることに。
仕事とプライベートは、私にとっては別なようでいて一緒である。
就業時間という線引き以外、仕事とプライベートをわけるものがない。仕事が私の人生の中で多くの時間をかけるものであり、自分を成長させるものであり、自分の挑戦でもある。それはすなわち人生の挑戦や成長でもある。同時にプライベートでの様々な出来事、友達とお茶をするとか、買い物に行くとか、ひとりドライブとか、そういう全ての出来事は仕事へのインスピレーションとなり原動力にもなる。
元々プライベートの時間にも仕事のことをよく考えている人だったが、この連休は猛烈に考えていると言った方が正しいくらいの勢いだ。
そしてその考えは、これまでと少し違う。まだうまく言葉に出来ないのだけれど、自分に出来ることの可能性を以前より広く持ったと言えば近いかもしれない。ここまでという線引きは自分が引いてしまうもの。そうして狭めていた自分の可能性に気がついたというか、そうして逃げていた自分と向かい合ったというか。
とにかく、「私もそういうことがやりたかった」と心から思い、私には出来ていないしこれからやろうにも非常に困難だと思われるそれらを実現しその先をグングン進む、勢いと熱意と柔軟性と感性にガツンとやられたという感じなのだ。感化されて自分自身を猛烈に振り返り、反省もし、未熟さに震える思いで未来を見ようとしている。毎日毎日、お休みで十分時間があるにもかかわらず、買っておいた本は積んだままでずっと考え込んでいる。考え込むと同時に感じるようにしている。昔の自分は考えることしか出来なかったけれど、今は感じることが出来るようになって来て少し自分自身に近付いた気がする。
友達にチラッとこの話をしたら、「働きマン」だと言われた。私も同時にそう思っていたので、やっぱり私は働きマンなのだろう。
私の子供の頃からの夢は働きマンになることではなかったし、自分は会社という組織の中では合わないだろうとずっと思っていた。実際25歳くらいまでは合ってなかったと思うから、ここ数年で変わったのだと思う。
では、一生働きマンを続けるのか。
これは悩みどころ。
5日もお休みがあってもやることないしどうしよう・・・と思っていたわりに、すんなり最終日。
1日おきに誰かに会う予定があったことや、「5日も休みがあるんだから1日くらい家に帰ってくるってものだろう」という父の謎の発言により実家に帰ったことが、この連休をただ寝てるだけで過ごさずに済んだポイントだろう。今日もこれからお昼を会社の後輩と食べてきます。
それなのに、この連休中、ずっと私の頭の中は仕事のことでいっぱい。
正しくは仕事と自分の人生についてでいっぱい。
18日には先輩のお店のオープニングパーティーに参加し、新しいことが始まる高揚感やクリエイティブな人々の熱意や『長野』というキーワードに触れ、「何かをやりたかったらもう長野を出るしかないのか」と思っていた私の気持ちが「長野にもっと関わることでこれまでと違ったことが出来るのではないか」という方向に少し変わった。今はその発展で「私がやりたいことは場所を選ぶのか?」というところに辿り着いている。
19日には人生に於いてとても重要な出会いがあり、仕事や人生についての考え方を散々話し合った。社会人になって一番刺激的な出会いだったと思うし、社会人になって一番尊敬出来る人との出会いでもあった。これによって頭の中が仕事モードに突入し、おかげで連休中ずっと仕事のことを考え続けることに。
仕事とプライベートは、私にとっては別なようでいて一緒である。
就業時間という線引き以外、仕事とプライベートをわけるものがない。仕事が私の人生の中で多くの時間をかけるものであり、自分を成長させるものであり、自分の挑戦でもある。それはすなわち人生の挑戦や成長でもある。同時にプライベートでの様々な出来事、友達とお茶をするとか、買い物に行くとか、ひとりドライブとか、そういう全ての出来事は仕事へのインスピレーションとなり原動力にもなる。
元々プライベートの時間にも仕事のことをよく考えている人だったが、この連休は猛烈に考えていると言った方が正しいくらいの勢いだ。
そしてその考えは、これまでと少し違う。まだうまく言葉に出来ないのだけれど、自分に出来ることの可能性を以前より広く持ったと言えば近いかもしれない。ここまでという線引きは自分が引いてしまうもの。そうして狭めていた自分の可能性に気がついたというか、そうして逃げていた自分と向かい合ったというか。
とにかく、「私もそういうことがやりたかった」と心から思い、私には出来ていないしこれからやろうにも非常に困難だと思われるそれらを実現しその先をグングン進む、勢いと熱意と柔軟性と感性にガツンとやられたという感じなのだ。感化されて自分自身を猛烈に振り返り、反省もし、未熟さに震える思いで未来を見ようとしている。毎日毎日、お休みで十分時間があるにもかかわらず、買っておいた本は積んだままでずっと考え込んでいる。考え込むと同時に感じるようにしている。昔の自分は考えることしか出来なかったけれど、今は感じることが出来るようになって来て少し自分自身に近付いた気がする。
友達にチラッとこの話をしたら、「働きマン」だと言われた。私も同時にそう思っていたので、やっぱり私は働きマンなのだろう。
私の子供の頃からの夢は働きマンになることではなかったし、自分は会社という組織の中では合わないだろうとずっと思っていた。実際25歳くらいまでは合ってなかったと思うから、ここ数年で変わったのだと思う。
では、一生働きマンを続けるのか。
これは悩みどころ。