マイニチ@SPICE -8ページ目

死ぬまで生きるということ

 GWも終わりますね。みなさん満喫してますか?
 私は一昨日夕方から風邪におそわれ、現在も微熱と戦ってます。というより、微熱は放置。月に1回くらい微熱になるので最近は慣れてきました。

 さて、ずっと前から書こうかどうしようか悩んでいたことを書きます。
 あまりにも重くて、軽々しく言葉に出来なかったからここまで書かずにいたけれど、熱と戦う自分の体を感じてやっと言葉に出来そうです。

 
 先日、ある人が亡くなりました。
 亡くなってから知りましたが、私と同じくらいの年の人でした。
 亡くなったその日、きっとその人はいつも通り朝起きて、家を出て、仕事に向かったのでしょう。そしてその足で家に戻ることはありませんでした。会社に戻ることもありませんでした。その人は仕事で出かけていた先で事故に巻き込まれて、その短い生涯を閉じました。
 私は会社でこの話を聞き、耳を疑うどころか現実の話なのかもわからないくらい何もかもを嘘だと思いたくて混乱し、しかし現実の世界でその話は駆け巡り、あの人が亡くなったのだと認めざるを得ませんでした。その場で机についたまま泣いたし、その後はしばらく、2週間くらい、ふとその人のことを思い出しては泣いていました。
 自分とほぼ同じ年の人が、突然の事故で亡くなったこと。まだやりたいこともやろうと思っていることも沢山あっただろうに、突然その全ての可能性が失われたこと。そういうことは毎日世界中で起きていることだとわかっていてもショックでした。
 その人とは会ったことがあるかどうかもわからない程度の、仕事の付き合いでした。しかし、私にとっては特別なお客様。私が社会人になって一番最初に仲良くなった、今の仕事を楽しく感じられるようになるキッカケを下さったお客様です。電話とFAXのやりとりだけでしたが、声を聞くだけで誰かすぐにわかったし、他愛のない話も出来たし、信頼関係を築くことが出来た最初のお客様です。信用してもらえる、頼りにしてもらえる、お互い多少の無理もうまいバランスでやりとり出来る、そういうことを教えてくれた方です。会社のFAXには会社名ではなく、その人の個人名で番号登録されているくらい、頻繁にやり取りをして楽しく仕事をしていたお客様でした。
 最近では仕事内容が変わってほとんど電話も来なくなっていましたが、年に数回、たまたま電話に出ると、あの優しい少しかすれた声でその人が名乗り、お互い「お久しぶりです!」と言葉を交わしながらその人が元気に仕事をしていることを確認出来て嬉しく思っていました。
 その、私にとって特別なお客様が亡くなったのでした。
 私が泣いていたのは悲しいからだけではなくて、死ぬのだということをまた改めて感じたこと、今ある全ての可能性は死によって奪われるのだということも改めて知ったこと、自分はどう生きるのかと、自分に問い続けていたからでした。その人のすごく優しい声が、電話をかけて来た時に名乗るいつものフレーズが、頭の中に響く度に、もう二度と聞けないのだと、もう二度と「最近どうですか?」なんて話も出来ないのだと痛感しました。もう二度とないのです。
 私はどうすべきなんだろう。この衝撃を胸に抱えて、ただ泣いていてどうするんだ。あの人はもういないのに、私は生きてるじゃないか。次の瞬間には死ぬかも知れないけれど今は生きている。生きてるんだ。
 その人の声が聞こえる度にそう思いました。

 私は難病患者です。
 毎日薬を飲んで生きています。
 その割に元気なので自分でも時々忘れそうになるけれど、日中日差しのある中を移動する時は紫外線を一応気にするし、毎日自分の体を見て内出血の状況を確認したりはしています。腕のしびれや、胸の痛みや、時々色々出てきます。別に難病患者じゃなくたってこんなことは日常にあることです(紫外線と内出血は例外)。
 昨日風邪で熱が38℃を越えたとき、自分としては挑戦者の気持ちでした。
 この病気を発症した頃、抗生物質は効かないとか、免疫力がものすごく低いこととかを聞いて風邪ひとつでも大変なことになるのではないかと不安で仕方が無かったことを思い出しました。それから何度か風邪やら頭痛やらを経験し、どうやら市販薬も効くみたいだと体で覚え、病気だからといって負けていられないなと思うようになりました。
 その中でも38℃越えはかなりハードルが高く、38.5℃になっても汗すらかかない自分にちょっとびっくりしつつ、思いつくことは色々試してみて眠りました。ふと目を覚ますと、そういえばそういうところにも汗腺ってあったよねと思うくらい汗をかいていて、腕や足まで汗をかいていて、体がすごく熱くて、『あ、戦ってる』と実感したのでした。
 朝起きて、平熱に下がっているのを確認して、自分は、自分の体はまだ戦えるんだと思いました。ウィルスか菌か何かよくわからないけれど、それに対して病気の体がフル回転で対応しているのを感じて、感動しました。あの、夜中に目が覚めた時の感覚。全身の細胞が沸き立っている中で自分が守られているような感覚。生きようとする肉体を感じた瞬間でした。

 病気だからと諦めることはひとつでも少ない方がいい。
 諦めざるを得ないことはどうしてもあるので、それはひとつでも少ない方がいい。
 死んでしまったら諦めることすら出来ず、選ぶことも出来ないのです。今生きている自分の体と魂で、生きていることを感じて毎日を過ごす為には、諦めることは少ない方がいいと思います。
 沢山の、諦めざるを得ないこと。それ以上に生きていると感じられること。
 生きていると感じることを諦めることだけはしたくありません。
 あの人の優しい声が聞こえる度に、私は死ぬまで生きるぞと思います。
 私に出来ることはそれしかないんだと。
 

包丁

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 先日かっぱ橋の釜浅商店で買ってきた包丁。いちまんえん。

 指で隠しているところに名前を彫ってもらった。この包丁は1枚鋼なので刀身ではなく口金部分にしか彫れないとのこと。
「下のお名前でいいですか?女性は一般的に下のお名前を彫りますけどね」
とお店の方に言われ、よく意味がわからずにいると友達が
「結婚とかで名字は変わるしね」
と相づちを打っている。あぁ、そういう意味かぁ。
「名字でお願いします」
「え、名字でいいんですか?」
「はい、名字が好きなので」
とお願いして、名字を彫ってもらった。
 婚期が遅れる一方なのはこういうとこにも原因がありそうだけど気にしない!
 この包丁、一生大事に使っていこう。

上野公園散策

 また風邪をひいてしまったので、お布団にもぐりこんで携帯から更新します。


 昨日は上野公園散策をしました。千葉の友達と上野で待ち合わせして、まずは早めのランチへ。老舗の懐石料理屋さんに行きました。かなり並ぶことを予想して行ったのに、まだ時間が早かった為すんなりと入ることが出来ました。確か11時半くらいだったと思います。

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 こんな景色の2階です。窓が開け放たれていて、今思えばこの時結構寒かったのがこの風邪に繋がったのではないかと…。

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 豆ご飯に惹かれてこのメニューをオーダー。豆ご飯は炒った大豆が沢山入っていてきな粉の香り。昆布の塩気が美味しくて、おかずもご飯が進むものばかりで、思わずご飯おかわりしました。
 小さく美しいおかずの数々は薄味のものから濃くしっかり味を含ませたものまで様々。丸く丸めたおからの上品な味、イワシ?の甘露煮のこっくりと脂がのった味、さわやかなしらすときゅうりの酢の物、おあげの煮汁がじゅわっと染み込んだ味。一口づつ沢山の味を楽しめてとても美味しかったです。


 食事の後は不忍池や公園内を散策。ぼてっとした桜が沢山咲いていて、思いがけずお花見気分です。
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 友達と一緒に写真を撮ってもらおうと声をかけた人がアジア系の外国人で、日本語と英語の単語をごちゃ混ぜにしながら「見て見て!この花すごくきれい」「ほんとだかわいい。これは桜?」「うん、桜。だけどこれはバラに似てるね」と話したりしました。英語話せもしないのに話しかけてしまったけど、一応通じたようで良かったです。

 その後は国際子供図書館?に行きました。

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 ここはものすごく楽しかったです。建物としても魅力的だし、絵本から実用書まで幅広い子供向けの本が揃っています。資料室には教科書もあったようですが今回は立ち寄らず。3階にデジタルアーカイブズがあり、私はそれを30分以上見続けていました。日本の絵本作家達の作品集を延々と。素晴らしい絵ばかりで、まだまだ見たいものが沢山。
 企画展は日本の絵本が海外に出て行った経緯や海外版の絵本紹介でした。原型を留めない海外版に衝撃を受けた展示でした…。