マイニチ@SPICE -20ページ目

癒し

 先日風邪で寝込んでいた時、本当はD&DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTOで開催されたイベントに行く予定でした。寝込んでいたというほどではないけれど、とにかく10分おきには鼻をかまずにいられない状態で、音楽イベント。さすがにまわりのお客様に気が引けるし、歌手の方にもお店の方にも気が引けるので急遽キャンセルしたのでした。
 後日、そのイベントに一緒に行くはずだった友達からメールが。すごく癒されて、素晴らしかったと。いいイベントを紹介してくれてありがとうという内容でした。
 行ってないけれど、それだけで満足。

 次回こそ、体調万全で臨みたいです。

休む間もなく

 東京出張が終わったと同時に、仕事がものすごく忙しくなってしまいました。
 自分でやればササッと終わらせられることも周りに分散させてみんなでやるようにしているので、おかげで現在毎日3人の仕事を見ながら相談を受けながら打合わせをしながら自分の仕事を合間にやっているような状況に。そりゃ、時間も足りなくなります。
 3人の相談を1人1時間受けたら、それだけで3時間ですもの。そこに他の人の相談事や打合わせが1時間~2時間。これで4~5時間。残業しないとしたら残りは3~2時間。ここで自分の、一日分の仕事をするのは物理的に無理だったりもします。結果的に残業してしまっているのが気に入らない、自分自身として。

 常に何かに迷ったり悩んだりしています。
 それをしなくなったら終わりだなぁとも思うけれど、もうちょっと休む時があってもいいと思う。そうならないのは、休める状況になったら次の問題を見つけてまた悩み始めるからだって、自分でもわかってはいます。
 問題を見つけるも抱えるも、結局自分次第なんですよね。

 先日会社の同僚に
「こんな職場(みんなが個人プレーで適当すぎる)でやる気なんて起きないから、毎日同じことを繰り返す仕事の方が楽でいい。自分より先輩の人が何もしてないのに、自分が責任ある仕事を持ったり負担を抱えるのは納得がいかない」
と言われて、そりゃそうだろうなぁと思いました。そりゃそうなんだけど、そうじゃない生き方をすると私みたいになる。その人は頭の回転が早く仕事も出来るから、自然に周りの期待が高まるのでその葛藤の中にいるのはわかっていました。
「だから私は、どうしてこんな職場でhakuさんがそのモチベーションを保てるのかが不思議で仕方ないです」
とも言われて、そうかもなぁと思いました。
「私は、ダメだってわかっていることを見過ごしたり、うまくいかないってわかっているのに黙っていたりする方がストレスなの。気がついてしまうから、気がついてるのにスルーすることがストレスなの」
と言ってみたけど、その同僚は腑に落ちない表情でした。そうだろうなぁ。

 先週から会社で何度も話していること。
 ひとつのイベントに向かってプロジェクトが動いていますが、プロジェクトとは呼べないような動きで、その中にいる私の部署の人達が大変な思いをしています。相談されて私も一歩踏み込んだら、結局その一歩の段階で即指揮者に。私が指揮者になるのは違うなと思うので、今度は一歩足を引くことにしました。
 どうして、違うなと思うのか。
 そのプロジェクトのリーダーは『最小限のことを最低限やればいい』という考え方の人。
 私は『最小限のことを最大限にやろう』という考え。
 費用や時間や人的問題で最大限を目指せない、色々な制約があって最小限の枠でしか出来ないかも知れない、その中でどう動くか。その考え方が真っ向から反対で、リーダーと数時間話し合いましたが一向に噛み合ず、何を言っても
「そんなん誰がやるの?やる人もいないし、やったってどうせ結果なんて出るかわからないし、やるだけ無駄。やるだけ無駄なことは考えることも無駄。」
と一蹴されてしまうので、言うのはやめました。
 言うのはやめて行動で見せるしかないかなと思って部署のみんなとやってみたら、今度はそのみんなの努力や成果を見もせずに指示だけされるようになってしまいました。『リーダーは指示するのが仕事』と信じてみんなに仕事をふるだけふって相談にも乗らない人ですが、自分はきっちりやっているという自信に溢れているのがすごいと思います。自分の部署の大事なメンバーがそれで消耗して行く姿を見ていられないので、そろそろ表舞台以外の場所で色々やってメンバーの負担を取り除かなくちゃなと思った今日でした。
 今自分の部署のメンバーは初めてやることを必死にやっていて、一生懸命何かを学んだり経験を積んだりしています。そういう経験をしてもらえただけ今回のプロジェクトに関わって良かったと思うし、そのことをみんなに伝えたいと思います。同時に、リーダーの存在で失われて行くみんなのやる気を盛り返すのも私の仕事。誰を見るか、誰の為に動くか、その視点の切り替えが必要です。私達はそのリーダーの為に仕事しているんじゃない。このプロジェクトを通した先にいるお客様の為にやっている、お客様には社内のそんな話は関係がない。お客様を見る、思う。これを伝えなくちゃと思っています。
 伝えなくても、みんな本当はわかっていると思うんです。だけどあまりにもひどいことがあるから、それを忘れてしまう。目の前のゴタゴタにばかり目がいってしまって、見えない先にある存在を感じられなくなってしまう。それはとてももったいないことですね。みんな本当はわかっているのに。
 他にもいくつもの方法で、メンバーのみんなに、この職場以外の様々な人とのふれあいの機会を作っていこうと思っています。そういう中でみんなが感じ取ってくれて、それを私に報告してくれるのがとても嬉しいのです。今日も2つ、そんな嬉しいことがあって、みんな怒ったり泣いたり悲しんだりしながら、時々笑顔になって働いています。この時々の笑顔をもっと増やしたい。

 これだけつらつらと書きながらも、私の本当の悩みはこの目の前の悩みではないのです。
 私がいなくなったらどうなるか。私がいなくなると言ったら、みんなに恨まれるのだろうか。今あまりにも私があらゆることを中心でやっているから、私がいなくなったらそれを受ける人がいなくなります。基本的にもうみんなが私だけが特別だと思ってしまっている。私だから出来て、出来るのだからやるのも当然で、それは自分はやらなくていいことだと思ってしまっている。
 去年から少しずつ、自分のスキルやノウハウを分散して周りに伝えていますが・・・。誰も、こんな責任を負って仕事したいと思っていないのが現状なのですね。課長ですら何かあると「hakuさんに相談します」と部下に宣言する状態で。いやいや、私その部署でもないし、おかしいですよね?と思うけれど。
 私がいなくなったら、ここの人達は私を恨むのだろうか。私がやっている仕事は消えてなくなるのか。
 全体を調整する人は、いなくても組織は回ってしまったりします。回らない方がまだいい。あたかも上手く回っているかのように見えてしまう組織の問題は根が深い。私の仕事はこの調整役。歯車を磨いて、油を注して、部品が壊れたと言われたら取り替えに行き、新しいパーツを追加したりしながら全体が繋がって関係し合っていく姿を作る仕事。それは社内だけでなく、お客様も関わる際限のない仕事です。誰かにそう言われたわけではなく、ここで数年勤めていて自分で見つけた立ち位置がここでした。
 この仕事の人は、いなくてもなんとかなってしまうことがあります。大きな組織になればなるほどそうでしょう。
 社内に何人もこういう仕事を自ら請け負っている人がいます。そういう人とはどこかで通じ合います。みんな、同じ悩みを持っていて、笑い合えます。

 なんだか今日もまとまらないことを書いてしまいました。
 あぁそろそろ、「人生の9割仕事です」とかサラッと言えちゃう自分から脱却したい。

つぶやきでしかないですが

 昼間寝過ぎて、全く眠くなりません。困りました。


 自由と孤独はひどく似ています。孤独を恐れるように自由も恐ろしくなるものです。自由であるが故の孤独もあるし、その逆もまたあるでしょう。自由であろうとすることは勇気を伴い、その覚悟は孤独を選ぶ思いに重なることでしょう。
 

 あ、眠くなってきた。おやすみなさい。