ヒント
今日はまちづくり大学の日で、前回とは違ってほかほかな講堂の中でお話を伺ってきました。前回は11月の終わりに、横浜市を作ってきた方のお話でした。今回は倉敷市を作ってきた方のお話。
この3ヶ月間で、この他に京都のまちづくりに携わる方のお話と、小布施のまちづくりに携わる方のお話を聞きました。最初の入り口が小布施で、そこからひょこっとそういう場に顔を出していたら、わずか3ヶ月でこんなに色々な方のお話を聞くことが出来ました。
これを1年前に始めていたらもっと沢山のことを今知っていただろうし、もっと沢山の出会いがあったのかもしれません。しかし私が始めたのは3ヶ月前。それを遅かったということも出来るけれど、そうは思っていません。何事にも意味があると思うから、私が3ヶ月前にそう動き出したのも、そのタイミングに意味があるのだと思います。
動き出した頃は思いばかりがあって行動も知識も何もなく、自分が空っぽでとても意味のない存在に思えて辛くなったりもしました。思いが空回るということをとても実感した時期です。今もその延長線上にいてカラカラ回っているのだと思います。
全然違う仕事をしていて、仕事もやることや私にしか出来なさそうなことが色々とあって、そっちにもパワーを注がなくてはいけない。しかしプライベートでまちづくりや観光に関することを知る機会を得て(得に動くのですが)、仕事に関係ないとも言えることに耳を傾ける。約2時間の講演をメモをとりながらキチンと聞く。席もかなり前の列で。一体何の為に?という思いがないわけじゃないのだけど、心と体が動くのでそれに任せているだけなのです。
今日の講演を聞いていて、少しわかったことがあります。積み木は積んで行くと何かを形作るのだろうということ。ここまで4つの街のお話を聞き、自分の中で繋がるものが少し見えたのです。「あ、これはあの街のあのやり方と同じだ。」とか「どの街にもこの問題が共通しているのか」とか。たったそれだけのことだし、そんなの当たり前のことすぎて特別でもなんでもないと思われてしまうかも知れないけれど、これは私の中ではコツンと積み木を積む感触を得た瞬間でした。しかもそれは、当事者の生の声から得たもの。本や新聞を読むのとはまた少し違います。
今日は個人的に、ヒントを得た日でした。「あぁ、そういうやり方もあったのか」と。それは知っていたような気もするし、それを知りたかったような気もすることでした。
この3ヶ月間で、この他に京都のまちづくりに携わる方のお話と、小布施のまちづくりに携わる方のお話を聞きました。最初の入り口が小布施で、そこからひょこっとそういう場に顔を出していたら、わずか3ヶ月でこんなに色々な方のお話を聞くことが出来ました。
これを1年前に始めていたらもっと沢山のことを今知っていただろうし、もっと沢山の出会いがあったのかもしれません。しかし私が始めたのは3ヶ月前。それを遅かったということも出来るけれど、そうは思っていません。何事にも意味があると思うから、私が3ヶ月前にそう動き出したのも、そのタイミングに意味があるのだと思います。
動き出した頃は思いばかりがあって行動も知識も何もなく、自分が空っぽでとても意味のない存在に思えて辛くなったりもしました。思いが空回るということをとても実感した時期です。今もその延長線上にいてカラカラ回っているのだと思います。
全然違う仕事をしていて、仕事もやることや私にしか出来なさそうなことが色々とあって、そっちにもパワーを注がなくてはいけない。しかしプライベートでまちづくりや観光に関することを知る機会を得て(得に動くのですが)、仕事に関係ないとも言えることに耳を傾ける。約2時間の講演をメモをとりながらキチンと聞く。席もかなり前の列で。一体何の為に?という思いがないわけじゃないのだけど、心と体が動くのでそれに任せているだけなのです。
今日の講演を聞いていて、少しわかったことがあります。積み木は積んで行くと何かを形作るのだろうということ。ここまで4つの街のお話を聞き、自分の中で繋がるものが少し見えたのです。「あ、これはあの街のあのやり方と同じだ。」とか「どの街にもこの問題が共通しているのか」とか。たったそれだけのことだし、そんなの当たり前のことすぎて特別でもなんでもないと思われてしまうかも知れないけれど、これは私の中ではコツンと積み木を積む感触を得た瞬間でした。しかもそれは、当事者の生の声から得たもの。本や新聞を読むのとはまた少し違います。
今日は個人的に、ヒントを得た日でした。「あぁ、そういうやり方もあったのか」と。それは知っていたような気もするし、それを知りたかったような気もすることでした。