私が長野を出たい理由 | マイニチ@SPICE

私が長野を出たい理由

 私は長野で生まれ育ったが、親が北陸の人間であることから自分は長野県人だという意識が薄い。
 子供の頃から言葉のイントネーションが違うと友達に言われたし、友達の家と自分の家の習慣の違いもいつも感じていた。
 だからなのか、長野に育っても、長野から一度も出たことがなくても、ここで自分は生涯過ごすのだという決意が出来ない。
 本当にここでいいの?本当に??
 もう、気が狂いそうなくらい、何年も考え続けている。


 最近この考えが加速している。
 きっかけは他の土地を見たこと。
 そしてGWの新潟旅行で、その思いは更に強まることとなった。

 自分の拠点は長野にあると言っていい。
 仕事もここにあるし、昔からの友達もここにいる。
 今ここで不自由することはそう多くない。
 しかし私は今ではなく、将来を見据えて問いかけるのだ。自分に。
 本当にここでいいの?

 先輩が今年長野にお店を出すのだが、それを聞いた時も不思議だった。
 どうして長野なの?
 その先輩なら長野以外の選択肢もあったはずだ。長野県内でも長野市以外の選択肢は沢山ある。
 そのお店に限らず、仕事の場として長野から出ることは出来たはず。
 どうして長野なんだろう?
 そう思っていたら、先輩が自分のブログにその答えの一部を書いていた。
 すごいタイミング。
 そしてその答えの一部は、確かになるほどと思うものだった。

 東京に出て行った友達も帰って来て長野に暮らしていたりする。
 もちろん、帰ってくることのない友達もいる。
 長野よりも都会だったり便利な土地に住んだ人達は、長野に帰って来て何も思わないのだろうか。
 本当に長野でいいの?
 それとも、長野がいいの??


 私がこんなにこのことを考え続けている理由は、病気になったからだ。
 なる前から考えてはいたけれど、病気になってこの問題はよりリアルに考えざるを得ないものとなった。
 前にも書いたけれど、病気は私に新しい視点をくれた。世界がそれまでと違った観点で見えるのだ。
 社会的弱者が私の隣人となったのだ。
 
 私の病気からすると、将来自分の視力が相当弱くなったり、車いす生活になったり、自分で動けなくなる可能性は健康な人よりは高い。ものすごく高いのかそうでもないのかはわからない。この病気は人によって全く症状が違うし、少なくとも現在の私は体のアチコチで内出血を繰り返していることと肋間神経痛と思われる胸の痛み以外は特に症状はない。病気が発覚する前とは目の見え方が違うと思うけれど、検査をしても何も悪くないので原因はわからないままだ。
 今はこうして元気で日常生活を1人で無事に過ごすことが出来ていて本当に幸せだと思う。
 しかし、将来はどうなるかわからない。
 そしてそれは病気な私だけでなく、今これを読んでくれている健康なあなたにも言えることなのだ。
 将来もずっと健康とは限らない。

 だから私の考えは、『健康ではなくなったとき、生活しやすいかどうか。』が生活の拠点を選ぶ基準となっている。
 高齢者になってからはもちろん、その前にだって何があるかわからないのだ。
 その時になってから考えるか、今から考えるか。
 私は、今から考えたい。

 長野県は高齢化がドンドン進み、今より更に高齢者が増え続けるだろう。
 一方若者が定着するような、若者にとって魅力的な街にはなっていないしなっていく様子も見えないから、若者は出て行く一方だろう。
 するとどうなるのか。
 公共交通機関も今より良くなるとは思えず、自分で運転出来ない人は歩いていける近所以外に行動範囲が広がらなくなる。公共交通機関を使う人が減れば本数は更に減り、バス会社なども運営が厳しくなる。
 孤独死も増えるだろう。誰にも気がつかれずにひっそりと死を迎える人達が増えるだろう。
 山に囲まれた長野県で、車の運転が出来ないというのはそれくらい大きな問題なのだ。それを補うバスが減るということは、山に住む人々の世界をより狭くする。
 それでも今のお年寄りの皆さんは、その環境で生きるすべを持っているように感じる。その環境で育って、日本は高度成長で大きく変わったけれど、自分たちの生活はまた元に戻っていってもなんとかやっていける術をもっているのだと思う。しかし今30~40代の人達が高齢者になった時はどうだろう。自分で思うように動けなくなり、ともに住む家族も年老いて、どう生活していくのだろう。
 そのとき長野県はどうするのだろう。
 これは先の話だけではない。現在もだ。
 現在の長野県は、障害者や高齢者にとって住みやすい環境になっているだろうか?
 これから日本の障害者は増えると言われている。
 高齢者だけでなく、障害者も増えるのだ。
 目が見えない人が、耳が聞こえない人が、自由に動けない人が、寝たきりの人が、住みやすい環境がここにあるだろうか?

 私は本当に住みやすい都市というのは、弱者と言われるこうした人達が住みやすい都市なんだと思う。
 自分が病気になるまで考えたことはなかったけれど、弱者と言われることにもやや抵抗はあるけれど、誰もが住みやすい都市を考える上で健常者だけが住みやすい都市なんて意味がない。

 先月末佐野のアウトレットに行って来た。
 とても混み合う休日のアウトレットには、車いすの人が何人もいた。中にはほぼ寝たきりの状態で家族らしき人と買い物に来ている人もいた。
 私には本当に衝撃で、同時に感動したのだ。
 このアウトレットはいつも買い物しやすいなぁと思っていたけれど、車いす等でも買い物しやすい環境なんだなと気がついて。通路の広さ、回りやすい動線、段差のない道。健常者じゃなくても確かに買い物しやすい環境がそこにあった。
 そして新潟市。
 街中に、普通に車いすの人が何人もいたのだ。
 1人で横断歩道を渡る人や、家族で食事に来ている人、バスに乗り込む人。
 長野で見かけるだろうか?
 ちょっと歩いただけで車いすの人を見かけるだろうか。
 車いすだから出かけることに抵抗がある。その不便さを考えると出かけることを諦めてしまう。そんな街になっていないだろうか?

 長野山間地だから平地の新潟や佐野とそのまま比べるわけにはいかないし、都市としての規模の違いもあるだろう。たまたま休日だったから見かけただけかも知れない。
 しかし私には、衝撃だったのだ。
 長野にはないその光景が。
 車いすでもなんでも、出かけたくなる、出かけられる、そんな都市に住みたいと心から思ったのだった。

 長野ではよく視覚障害の方を見かける。
 1人で出かけている姿を見かける度にすごいなと思う。
 視力が悪くても、見えなくても、1人で出かけることは出来るのだと勇気づけられる。
 同時に、彼らがもっと安全に快適に生活出来るにはどうすればいいのだろうと考えてしまう。
 車いすだと目が見えても歩けない。腕に力があれば良いが、私のように疲れやすい病気の人は1人で車いすに乗ることも大変だろう。私なら出かけることが億劫になってしまいそうだ。ただぼんやりと、窓の外を眺めるだけになりそうだ。
 それでも街が障害者に優しい環境になっていたら気持ちは変わると思うのだ。
 もっと街にでよう。
 今日は買い物に行ってみよう。
 そう、思えるんじゃないだろうか。

 私はどうしても、この先の長野県がそうした変革を遂げるとは思えない。
 高齢者が増えることがわかっているのだから今から街を変えていくべきだと思うのに、とても必要とされている変革なのに。
 日本全体にも言えることかもしれないが。

 誰もが住みやすい都市に住みたい。
 そしたら人も集まるだろう。
 人に優しい都市はきっと環境にも優しいだろう。
 理想論のようだが、現実に求められていることにもっとみんなに気付いて欲しい。
 その理想そのままは今すぐ無理でも、長野よりも快適に過ごせる都市は他にあると私は思う。そういう街に私は住みたい。