気になる、という印象。 | マイニチ@SPICE

気になる、という印象。

 何でもそうだと思うのだが。
 気になる、という印象の力は強い。

 一度会っただけで気になる人。
 気になる名前。
 気になる車。
 何屋かわからない気になる看板。
 気になる。気になる。気になる。

 気になると、知りたくなる。その先を見たくなる。
 小さなことも大きなことも気になってしまえば何でも同じ。気になって仕方がない。

 今はインターネットであらゆることが調べられるようになったが、それでも調べきれないこともある。そしてやっぱり気になる。どうしたら答えを知ることが出来るだろう?どうしたら?その答えを探して旅をしたら、また違う気になることが出て来て、それを追いかけていくと知識も経験もどんどん豊富になっていく。

 しかし一方で、気になるけど知りたくないこともある。
 気になって仕方ないのに、その答えを知ることはつまらないと思ってしまう。これは気になることを気にしているのだろう。
 気になって仕方ないのに、その答えを知ることが怖いこともある。これはある程度答えに目星がついていて、それが自分としては思わしくない結果なのだろう。
 気になって仕方ないのに、もう知ることが出来ないこともある。もしかしたら延々と調べたらある程度の答えは得られるのかも知れないが、ある程度なんて中途半端な答えなら知りたくもないということもあるのだ。

 人としては、気になる人になりたい。
 そしてその先を知りたいと思われる人になりたい。
 
 子供の頃、親の車に乗って出かけると、いつも通る道の左手に見える山の稜線を見ていた。
 あの向こうに何があるのだろう。
 私の知らない世界があるのだろうか。
 まだ誰も見たことのない世界があるのだろうか。
 何があるのだろう。気になる。気になる。気になる。
 ずっとそう思って見ていたが、一度も親に
「あの山の向こうに連れて行って。」
と言ったことはなかった。
 あの山の向こうにあるものは、地図を見れば調べることが出来た。私の思うようなものはないことも知っていた。
 それでも、今でも私は、あの山の向こうには私の知らない世界があるのだと思って生きている。