ユリスキー 冬の陣 | 夕方過ぎまで また寝てた

夕方過ぎまで また寝てた

ゆっくりしていってね!

あー、もうお昼過ぎてるしバイト遅れそう!

足踏みしながら信号待ちしていたなつねは
ふと横に白っぽい服装の女の子が立っているのに気がついた。

その子は雪の積もった真冬だというのに
スカートのふんわり膨らんだ白のワンピース一枚で
片手にうさぎのぬいぐるみを、片耳を持って無造作にぶら下げていた。
童顔に両端をしばった髪型のせいか幼くも、それなりの年にも見える。
まっ白でなんだか雪の精のようだなあ、となつねは思い
ふ、ふん、何をばかな事を、と慌てて首を振った。

ふと目が会うとその子はなつねの顔を覗き込むように
あ、こんにちはー、と屈託なくにっこりわらって挨拶した。

あ、こんちは。それよりさ、あんた寒くないの、そんなかっこで。
ううん、全然。むしろ気持ちいいくらいだよ。
でも風邪引くよ。それにもしかして家出とか?大丈夫なの?
別に。それより信号変わったよ。

周りの人が一斉に歩き出した歩道になつねと白い少女だけが取り残された。
急がなくてはいけないのに、なつねはなぜかその少女を放ってはおけなかった。

ねえ、今何してんの?どこか行く途中?
ううん、ただ街をぶらぶらして私に気付いた人に声かけたりしてたんだけど。
なんだかさ、そのままだと風邪引きそうだし、よかったら私のバイト先来て暖まっていきなよ。
えーっ、ほんとーっ、じゃあついて行こうかな!
うん、喫茶店なんだけどね。あ、私、なつね。
ありがとう、なつねたん。私、えりお。
なつねたん、ってずいぶん軽いな。まあ行こうか、えりおちゃん。
えりおでいいよ。じゃあ、いこいこ。


その日はいつになく喫茶店も忙しくなつねはてんてこまいだった。
えりおは入口のそばのカウンターの端で、にこにこしながら店内を見回したり、
うさぎのぬいぐるみに何か話しかけながら一人遊びしていたが
ふと席を立つとなつねに話しかけた。

ねえ、コップ溜まってるし洗い物でもしようか。
いいよ、そんな。のんびりしてて。それに今ボイラーが故障して、洗い場、水しか出ないんだ。
大丈夫、私、冷たいの全然平気だから。

危なっかしく見えるようで、意外とえりおはてきぱきと洗い物を片付けていった。

ふう、これなら定時で上がれるかな。ありがとね、えりお。
 ううん、全然。なちゅね。
なちゅね、って、ま、まあいいけどさ・・・

なんか調子狂うなあ、となつねは思わず顔を赤らめ、背を向けて
テーブルを拭きながら空いたグラスをトレ―に乗せた。



すっかり日も暮れ、バイトも終わりの時間となり
私服に着替えたなつねは、えりおにじゃあ出ようか、と促して店のドアを開けた。
マスター、お先に失礼しまーす
おう、気をつけて帰れよー

コップを拭きながら閉まるドアに目をやったマスターは
そう言えば今日、なつねってばカウンターの端に薄汚れたぬいぐるみ置いて
時々ぶつぶつ何か話しかけてたけど、あの年頃の女の子はわからんなあ、
とぼやくように呟いた。



外は真っ暗で、街灯が間隔をおいて雪の積もった路面を照らしていた。
なつねは時々振り返ってえりおがついてくるのを確認しながら歩いていった。

待ってよ、なちゅね。転びそうだよ。
しょうがないなあ、じゃあ、はい、掴まって。
前を歩きながらなつねは手を差し出したが、えりおがにこっとして手を握るのに
思わずどきっとして頬が熱くなりそうだった。辺りが暗くて良かった。


あ、そこの公園寄っていこうよ。

この時期になるとイルミネーションがきらめく公園の広場になつねはえりおを誘った。


青白いLEDの光が大きな波のように雪を覆う様を見てえりおは歓声を上げた。
わー、すごいすごい、見て見てー

子供のようにはしゃいで雪の広場をぐるぐる回るえりおを見ていると
今日知り合ったばかりのこの少女がなんだかたまらなくいとおしく思えて、
なつねはイルミネーションよりも
えりおにばかり目が行って視線をそらす事ができなかった。

なんだか不思議な子だなあ、私、すっかりとりこにされた気がする・・・


頭がぼうっとするような気持で立ちつくしていたなつねに、
えりおはくるくる踊りながら広場の真ん中に立つと一礼して、急に大人びた声で告げた。

今日は遊んでくれてありがと。お礼に一曲、私の歌を聴いてくれる?


目を閉じて空を仰いだえりおの髪が急に青緑となりキラキラ輝きながら伸びはじめた。
一度一度、きらっと輝きながらすずらんの花の髪飾りがつき
両側にすーっと伸びた髪は腰より長く波打って広がった。
ファーと襟元の広がりがケープとなって上半身を包み
スカートのすそは花びらのように丸く形作られていった。

手に提げていたぬいぐるみは生き物のように表情を持って踊り始め
生きたうさぎとなってすずらんの花を傘のようにさしながら
えりおの周りをくるくると回転し始めた。




♪ どれだけー、君の事、思い続けたーらー、


透き通った電子音のような声と、
胸の奥をかきむしられるようなせつないメロディーに
なつねの頬にはいつしか涙が伝っていた。



きらめく光とうさぎの踊りに囲まれて
永遠のような、刹那のような、ひと時が終わり
曲の終わりとともにえりおはうさぎと並んで深々と会釈した。

その姿はうっすら薄くなり透け始めている。
やっぱり、この子・・・


えりお、いっちゃうの?
うん、でも冬の間、私はどこにでもいるよ。なちゅねとずっと一緒だよ。
え、でも寂しいよ。ずっといてよ。
大丈夫、なちゅねの事、忘れないから

えりおはなつねの頬に張り付いたままの涙をそっと指でぬぐい、にこっと笑った。


また会えるかな
うん、これからもずっと一緒だよ。また私を見つけてね。

にこにこ笑いながら手を振るえりおは
そのまま雪夜の闇に溶けるようにすーっと消えていった。

なつねは今日起こった事が夢だったのか現実だったのか信じられないような気持ちで
雪の降り始めた真っ暗な夜空をまばたきもせずいつまでも見上げていた。





あれから冬が過ぎ春が来て雪がすっかりなくなっても
なつねはえりおの面影をずっと探し続けた。

道端の石垣の端ににゆれるすずらんの花を見ると、今でも思い出す。
あの真っ白な夢のような、うさぎを連れた少女の笑顔を。