白鳳館は二階建てで、中央ホールは吹き抜けになっている。正面には二階へ行くための階段があり、左右のアーチ型の入り口の向こうには廊下が続いていて、各部屋へ行けるようになっている。二階もほぼ同じ構造である。

 靖が玄関のドアを開けて入ると、内部の湿った、黴臭い臭いが鼻を突いた。中は真っ暗というほどではないが、かなり暗い。

「親父、明かりのスイッチはどれだい」

「そこの壁のとこだ。ほら、右の壁の・・・」

手でスイッチを探り当てると、それをオンにする。カチッという鋭い音がホールに響き、同時にぼうっと明かりが点いた。

「さあ、行こう」

靖は一歩踏み出したが、一徹はその場に突っ立って動こうとしない。

「親父、何してんだ、早く行くぞ」

「わしは行かん」

「どうして」

「どうしても。お前が見てきてくれ」

どうやら一徹老人は問題の部屋に行くのが怖いらしい。靖はふうっ、とため息を漏らすと、

「じゃあ俺一人で行ってくるから。親父はそこで待ってろ」

そう行って、一人で階段を駆け上がっていく。一徹はおびえた目でその後姿を見ている。

靖が親の生きている姿を見たのは、これが最後である。


 二階の右の廊下は薄暗く、しんと静まりかえって何の物音もしない。左右の壁には木製のドアが並んでいるが、どれも閉まっているのがかえって不気味である。靖はその場で深呼吸をすると、なるべく足音を立てないように床とドアの間から明かりが漏れている部屋へ近づいていく。

 ドアの前まで来て靖はそっとドアノブを捻って開けようとしたが、開かない。鍵が掛かっているのである。試しにノックをして誰かいるのかと叫んでみたが、返事はない。そこで、先ほど一徹老人から借りてきた鍵を使って部屋の中に入ったが、部屋に入った途端、靖は棒を飲んだようにその場に立ちすくんでしまったのである。


 N市の郊外の薄暗い森の中に、今でもあの館は建っている。白鳳館といって、今でこそ外壁は煤けて黒ずんでいるが、もとはその名の通り真っ白であったろうと思われる。

 この館が建てられた正確な年は判らないが、おそらく昭和の初期から中期にかけての頃だろう。文献によると、当時の館の所有者は柏木藤作ということになっている。柏木家といえば当時、N市で有名な貴族であったが、戦後は斜陽族となった。館はそのときに手放したものらしく、今は誰も住んでいない。薄暗い森の中にある建物だから、当然館を訪れる者もおらず、訪れる者といえば、一ヶ月置きにこの館を見回りにくる風間一徹なる老人だけであった。


 それは、十二月二十八日、もうそろそろ十二月が終わり、年が明けようとしている時分のことであった。毎年このころになると、風間老人は館を大掃除するために自宅から掃除用具を持って、息子の靖に車で送ってもらってやって来る。今年も車で送ってもらい、館の前まで来たのだが、そのとき靖が館の異変に気づいて一徹に声をかけた。

「親父、あの部屋、明かりが点いてるよ」

一徹が驚いて靖の指差すほうを見ると、たしかに二階の部屋の一つの窓に明かりが点っている。

「変だねえ、こんな館に訪れる人なんていないはずなんだが」

「とにかく行ってみよう」

そういって二人がドアに手をかけた、そのときである。

・・・ポロン、ポロロロロン・・・

と、さっきの明かりの点いた部屋の方から、弱々しいピアノの音が聞こえてきた。二人はぎょっとして一瞬顔を見合わせたが、とにかく先ほど外から見た、明かりの点いていた部屋へ向かうことにした。