浦賀レンガドック昨日五目ずしの下ごしらえ済ませてから浦賀へ出かける。青函連絡船も造られた浦和ドック住友重機械工業(株)旧浦賀工場の湯のみじゃわん(社歌)浦賀ドック音頭も作られていました。肥料になる干鰯がお米の2.5倍の値が付いて船が盛んに行き来した江戸時代から明治時代の歴史をたどりながら、散策。西叶神社浦和港一望できる愛宕山観音崎へ行く体力なく東京湾要塞としての千代ケ崎砲台跡からそのまま帰宅しました。