ただいまです
っしゃ!期末は2つの意味で終わったー!
テスト後は先生と逃走中(闘争中ともいえる)しながらの、
ぽららでもんじゃの味に溺れていましたー☆
あ、これはボッチな訳無いっすよ笑
テスト期間中にもかかわらず、寄り道しては
「自習してきたー」と母への言い訳はばれる事も無く、
テストを迎え、まあ処刑レベルのダメージ受けてきました涙
寄り道、と言えどもたいてい本屋には寄ってる性質です←
遊んでるわけでなく、ひたすら「読む」or「歩く」しかやってないと思うけど・・・
・・・まあ、勉強は真剣に一回もしてません。
はぁ・・・・・・、高2~すっごく心配。。。。。。。。
どん底でモンスターと一緒のクラスになった割には
何にも必死さ感じていないウチに焦り始めた自分に
焦ってる。
何にもやらないで失敗するのは人一倍わかっている自分なのに・・・
(これ以降は内容が暗くなる兆しが見えてくるので潔く省略)
そこで!今日言いたかったのは
「スタンフォード自分を変える白熱教室」という
本が置いてあったのを見かけたんだが、、、気になって仕方なかった。
とゆーこと。
が、なんとハリーポッターサイズの分厚さな訳よ。
買うお金も持ってなかったもんだから、気になるところだけ読もうと表紙をめくると・・・
「潜在能力」
当然、
ナンダ!!!!!コレハァッ!!!!!????? となる。
やっぱり色々書いてあったものの、
要するに簡単に言えば、
「日々の努力で人は知らぬ間に自分は知らない所にその能力や力が蓄えられる」
んだそうだ。
まあ、ウチの例で言えば、
ずっと音楽聴いたり、気づけば歌ってるから音感が付いてくる
ってことに値するかもしれない。
この言葉がもし本当なら、音楽だけじゃなくて他にも色んなことに当てはまるんじゃないかな。
でも、スタンフォードって書いてあるくらいなんだから
科学的な証明があるってことだろうし、
なんせそう思っておけば
自分でいいほうにマインドコントロールかけてるみたいに
良い方向に行きそうな予感がする。
だが、なぜそうなるのか。がぶっちゃけよく分かんなかった。
申し訳ないが、全部読んでいないウチには結構根拠の無いものにしか見えなかったんだな。
だから、地元の大きい図書館に行って借りようと思った。
けれど、なんと予約数が198だと・・・おいおい
やっぱウチと同じように、題名の時点で気になる方は多かったんだろーな、
借りれる気配すら無い。
その前にユリ・ゲラーというかつて超能力者で有名になった方の本に手を出してみよーと、わざわざ図書館の方に書庫から出してもらいました
また話が長くなるんだが、
先週の「ソロモン流」でDaiGoさんが出ていて、
気になったんで見ようかなと。。。
あの人と言えば「フォーク曲げ」が代名詞となるくらい有名ですよね!!
慶応大を付属高~入って、理工学部だったDaiGoさんは
まだ今より若かったころ、学生の傍らマジシャンだったそう。
メンタリストになったにも、マジックハマったのも
全て
「なぜ」
という言葉から始まっているのは間違いなかった。
やっぱりDaiGoさんの部屋に関しても、大学のお偉い教授のように
部屋の床から、壁一体から、天井から、情報にあふれていた。
全て調べたもの、分かったこと、米研究者の論文など
あらゆる知識と言われる情報はどこを見ても目を通して入ってくる部屋のつくりになっているのだ。
DaiGoさん曰く、「楽屋のあの真っ白い壁に囲まれた部屋が一番嫌なんですよ。なんか、勿体無いじゃないですか。」と。
今、こうやって大学受験というものを見据えたウチにとっては
理想の姿なのだ。
図書館へ行って、勉強するときに勉強する。
平日に学校で授業を聞いて帰る、
じゃ間に合わないんじゃないかと。
一分、一秒、常に情報を頭が受け入れ態勢になっていなければいけないんだと。
さらに、DaiGoさんの場合、
部屋に張ってあることで、何回も見るから印象強く頭に入るのだろうと思った。
いつも、こういう「学び」方を学ぶと、
いつも、「中学生の、あのころの自分がこれを知ってれば。」
と紛れの無い後悔ではなく、歯を食いしばるような悔しさでもなく、
知識の有無による差は未来を思った以上に、半ば極端と言っても良い位、がらり変えられる、と思い怖くなってしまう。
知識量の差でこの前は
人間の分厚さ(=ダイエットの女の子を例に取り上げた、知識のほんの少しの差でも自分の見える世界の解釈は違ってくるということ)
について、前回の記事の後半は語った。(気がする。)
一瞬で目の前のことを解釈をして、自分のおかれた環境を読み取り
それを踏まえて、これからの道筋を考えて
行動に出して進んで、結果を得て、
結果を解釈して「次は何をしよう」と考えて・・・
って人は知らないうちにそんなことを繰り返していながら
日々、解釈する上での材料みたいなものを増やしていってる
つまり、学ぶと言うことは
ひとつの事柄の解釈する技術の向上ともいえて、
解釈も1つだけじゃなくなっていけるようになれるのかも!!
わお!したら、すごいな!!
そして、解釈の幅を広げる全ての魂胆は「なぜ?」という気持ちから生まれるのだと。。。
受験に受かるため、
テストでいい点取るため、
学生だからこそ、そう思いがち。
なのだけれど、「学ぶ」ことは
やっぱりそんな浅はかでその場しのぎのものじゃない。
小学生のころはよく、
「算数なんか大人になっても使わないんだからやんなくても良いじゃん!」
って言ってた自分のまま成長しなくてよかったなぁ
ふふふ、そこだけでも安心だな笑
毎日毎日、同じことの繰り返しで一日は着々と過ぎてしまうけれど
こうした忙しい日常だからこそ、この「なぜ?」と思える時なんて無いわけ無いんじゃないか?
だって、当たり前のことは当たり前じゃないんだから。
こういった忙しい中に「なぜ?」に出会えたら、
きっと、もっと、充実な毎日が送れるようになるかもね♪♪
では、また