早朝ロケがあるからと前日の夕方にホテルに入った。

 

「ちょっとチェックインしてきますから

櫻井さんはここで待っててください」

 

人目を避けて地下駐車場の車で待っていると

チェックインを済ませたマネージャーからLINEが入り

指示通りエレベーターで14階まで上がる。

 

エレベーターの扉が開くと

カードキーを手にしたマネージャーが

 

「車で待っててもらって正解でしたよ。

ロビーは花火大会の客でごった返してましたから」

 

ホテルの長い廊下を歩きながら

さっき車の窓から見た光景を思い浮かべる。

 

 

 

 

街のあちこちにポスターが貼られ

道端に並ぶ出店と浴衣姿の女の子達。

まだ暗くなるには間があるというのに

沢山の人達が笑いさざめき合いながら行き交っていた。

 

「花火か…部屋の窓から見えんのかな?」

 

「どうでしょうね~…

方向がイマイチよく分かりませんが…」

 

「暗くなったら見に行ってみようかな…」

 

「大丈夫ですかね?

バレてパニックになったら…」

 

「結構気づかれないんじゃね?

どうせ皆んな上見てんだからさ…

隣のヤツの顔なんて見ちゃいねぇし。

昔 智くんと会った時だって…」

 

10年以上前の祭りを思い出していた。

 

90万人の中で貴方に逢った…

 

 

「運命の人…」

 

 

面白おかしく何度も語られたけど…

 

俺は…

結構本気だったんだぜ…

 

 

当時を思い出しながら部屋の前まで来ると

 

「じゃぁとりあえず7時に部屋に行きますから」

 

バレるんじゃ…と言っていた割には

結構乗り気なマネージャーに「オッケー!」と

親指を立てて重たいドアを押した。

 

 

ソファーの上にバッグを置いて

カーテンを開ける…

 

あ…バルコニーがあるんだ…

 

窓を開けて外に出ると

夏の陽が沈むにはまだ早い時間で

ムッとした昼間のままの熱気に包まれた。

 

手摺の隙間から恐る恐る下を見ると

ちょうどホテルの下がメイン会場の広場らしく

すでに沢山の人が集まっている。

 

「頭がゴマみてぇ…」

 

すっかり腰が引けた状態で

怖さを誤魔化すために独り言を呟いて

「シャワーを浴びよ…」と早々に部屋に戻って

薄いレースのカーテンを閉めた。

 

 

7時きっかりに迎えに来てくれたマネージャーと

エレベーターで下る。

 

「さっき見てきたらロビーは相変わらず人が多いんで

地下駐車場の出口から出たほうがいいと思います」

 

下見をしてくれたマネージャーに導かれて外に出た。

 

メイン会場に隣接しているだけあって

ホテルの敷地から一歩出た途端に揉みくちゃにされる。

 

「花火は何時から?」

 

「8時からって聞いたんで…

そろそろだと思うんですよね…

はぐれない様にしてくださいよ?」

 

言われたそばから人に押されて

思わぬ方向に引きずられて

 

「お…ぁわわわ…」

 

あっという間にマネージャーの姿が見えなくなった。

 

慌てて人混みをかき分けようとした その時

 

 

ドーーーンっ!

 

 

突然の大音響とともに光の玉が空に上がって

大輪の花を咲かせた。

 

 

パチパチパチ…

 

華やかに咲いた花が儚く散ると

辺りから一斉に歓声が漏れた。

 

余韻に浸る間も無く打ち上げられる花火。

周りの人達が立ちすくみ一様に空を見上げる。

次々に打ち上げられる花火を見ながら

いつしかまた あの頃の事を思い出していた。

 

運命を感じたあの時…

 

きっと貴方も同じ気持ちだった…

 

そう感じた事は間違ってなかった…と思う。

 

確かめたかったけど

踏み出せなかった…

 

あれから何回もその話題が出て

始めるきっかけなんて

幾らでもあったのに…

 

いや…

 

きっかけなんて無くたって

いつだって始められたんだ。

 

あの時の思い出が

時を経るごとに俺の中で苦味を増していった。