俺が智くんの言葉を咀嚼して
ゆっくりと飲み込むと身体中の細胞が
綺麗な水の中で再生されていくみたいな気がして
深く沈んでいた気持ちが少しずつ浮上していく。

俺の気持ちが浮上するにつれ
智くんの口唇の左端が少し意地悪く上がる。

「翔くんが俺と一緒に暮らせないとか言っちゃってさ
仮に俺と翔くんの同居を解消したとするだろ?
そしたら?
そしたら俺の父ちゃんが生き返って来るのかよ…
翔くんのお母さんが生き返って来るのかよ…
バッカじゃねーの!翔くんって!」

バ…バッカじゃねーの…って…

「昔の事にウジウジしてる翔くんのせいで
俺は狭くて家賃が高いワンルームに引っ越さないといけない訳?
それこそ踏んだり蹴ったりじゃん!
それなら松本さんの話し、断んなきゃ良かった…」

急に松本さんの名前が出て一気に現実に引き戻される。

「松本さんの…話し…って?」

恐る恐る聞くと
智くんがそっぽを向いたままで

「松本さんがマンション貸してくれるって話しだよ。
安い家賃でさっ!
スゲーーー広いのっ!
ま、翔くんには関係ないけどね」


そ、それって…この前言ってた…?
そう言えばニノも松本さんが智くんの事を
諦めてないって…

さっきまでとは別の神経が過敏に反応して
俺の自律神経を乱していく…


「それ…ほんと?」

「さぁね」

「専属にはならないって言ってたじゃん…」

「専属の話しとマンションの話しは別なんだってさ~」

いつもとは別人みたいに冷たく答える智くん。


そして取り残される…俺…。



智くんが松本さんと…?


そんなの…


そんなのイヤだ…

智くんが松本さんとだなんて…

そんなのイヤだ!




「 …ヤ……だ… 」

「…なに?」

「 …イ……ヤ……だ… 」

「聞・こ・え・な・い!」

智くんが正面を向いたまま冷たく答えるけど
口唇の両端が少し上がっている。


「ヤダよ…そんなのダメだよ…」

少しの間、正面を向いていた智くんが
俺の方を向いた時には優しく笑っていた。