俺の部屋のドアが小さくノックされた後
暫く智くんがドアの外に佇む気配がする。

「翔くん?…居ないの?」

ドアの隙間から智くんの声が聞こえて
外を歩き回る音がする。

「どこ行ったんだろ?
メーターが動いてないから大丈夫だったのかな…」

智くんの戸惑ったような独り言が聞こえて
暫くすると足音が遠ざかって行った。


膝を抱えながら

「ごめん…今は会えない…」

膝に額をくっつけると声を出さずに呟いた。


俺の左手の中で握りつぶされた住民票…

智くんに渡すはずだったのに…


市役所の窓口でこれを受け取った時
俺と智くんの新しい住民票には
同じ住所が記載されるんだと思ったら
自然に顔がニヤケるくらい嬉しかった…


なのに…


親父に…電話して確かめないと…

智くんのお父さんが亡くなって
そのクリニックの医師が線香を
上げに来たって言うからには
その医師は臨時休診の時に来た患者が
亡くなったって事は知ってるはず…

でも…
そのクリニックが俺の家だとしても
そんな昔の事を親父が覚えているかどうか…

小さなクリニックとは言いながらも
それなりに患者は毎日 やって来る。

親父が診察していて、長く罹った人の中には
亡くなった患者だっているだろう。

その患者、一人一人を覚えているものだろうか?


それならそれで…

もし親父が覚えていないんだったら無かったことに…

狡い考えが頭をよぎる。


きっと智くんだって知らないはずなんだから。
だってこの前、親父に会った後だって
何も言ってなかったし。

智くんが知らないんだったら
何もわざわざ調べる必要もない…





「あら…懐かしいわ~…」

嬉しそうに目を細めている
智くんのお母さんの顔が目に浮かんだ。