開けっ放しの蔵で三人は千両箱の中身を
布袋に入れている最中だった。

「流石、成瀬屋だぜ。
南蛮物の錠を付けてやがって手こずったよ。
まぁ何とか開いて良かったけどね」

俺が平兵衛を抱えて蔵に入ると和也が得意げな顔をした。

「やっぱり金は店の方にあるみたいだな…
成瀬屋にしては金が少なすぎる。
まぁ少ないって言っても成瀬屋にしては…って事だけどね」

雅紀が縄をしごいて柱の傍で

「智、ここでいいだろ?」

雅紀の足元にドサッと平兵衛を降ろすと
二人でまずは足を縛る。

「相変わらず薄汚ねぇ顔してやがんな…」

潤が苦々し気に平兵衛を見降ろして呟いた。


柱に括り付けて後手に縛り終わる頃に

「智の分も詰めといたよ」

潤に金の入った布袋を渡されて

「よし!じゃぁ手筈通り潤は船の設えを頼む。
雅紀と和也は火事騒ぎを起こしてくれ…
くれぐれも火が燃え広がらない様に
塩梅良くやってくれよ?
火事で死人は出したくねぇ…」

「「分かってるって!」」

三人の顔を見渡して

「船から降りたら暁も解散だ…」

「本当に散り散りになっちゃうんだね…」

湿っぽい顔をした雅紀に和也が

「おい!まだ終わってねぇよ!」

喝を入れる。


四人で軽く笑い合い、目配せをして頷き合った後
三人が阿吽の呼吸で動いた。


蔵に一人残されて…平兵衛を見る。

柱に括り付けられた平兵衛は眉間にしわを寄せたまま
だらしなく柱に寄りかかっていた。

ずっと憎み続けてきた相手が目の前に居る。
此奴のせいで親父は死んで、お袋は飯盛り女になった。

男と酒毒に侵されて落ちぶれた女…
俺を息子とも気づかずに抱かれようとした女…

お袋に会いに行った時の絶望感…


でも…

気づいたんだ…

呂律が回らないほど酔っていたはずの女なのに
酒の匂いが全くしなかったって事に…

今になってみるとあの時のお袋が
翔を捨てた今夜の俺と重なる…



親父の仇を取るまでは…
そう思って必死に生きてきた。

それも…もう終わる。

不思議と苦い思いも熱い高ぶりも無かった。

ただただ静かに平兵衛の顔を見降ろしていた。



遠くで

「火事だーーーっ!」

和也の声が聞こえた。

そろそろ退散するか…



蔵の敷居をまたいだ時

「お前…暁か?」

ギョッとして振り向くと
蔵の横から浪人風の男が大太刀を腰に俺を見ていた。

用心棒は店で寝泊まりをしているはずだったのに…

「どうやら本物らしいな…」

男がジリジリと間合いを詰めてくる。

「お前…平兵衛に雇われてんだろ?
もうこの店はお取り潰しだ。
お前もさっさと逃げた方が身のためだぜ。
抜け荷の片棒担いだ罪でお前も死罪か遠島だ」

「そうかい…それはご丁寧に痛み入るぜ…
だがその前に…」

男が刀に手を掛ける。

「暁を殺ったとなれば俺の用心棒としての株も上がる…
ずらかるのは…
お前を片付けてからとするかな…」