いよいよ決行の夜。


雅紀と和也と潤はそれぞれ宿をとって
そのまま夜明けと共に旅立つ事になっていた。
どこへ向かうのかは聞いていない。
『暁』の衣装を脱いだ途端に赤の他人になるのだから。

いつも飯を作ってくれた潤がいない今…
相変わらず上達しない翔の代わりに俺が晩飯を作り
二人で食べる最後の晩飯…

長く一緒に暮らしている間に俺達の目的を
薄々察していた翔には、今夜の山が終わったら
江戸から姿を消すとだけ伝えた。


「智はさ…今夜が終わったら…どこに行くの?」

「さぁ…どこがいいかな…駿河辺りでのんびり暮らすかな…」

「俺も…連れてってよ…」

「おめぇは江戸で医者を続けりゃいい…
いつまでも餓鬼じゃねぇんだ…」

俺よりもデカくなった翔だが
俯いたまま五粒ほどの米を箸に載せて口に運ぶ姿は
あの頃とちっとも変っちゃいない。

「だって…智は俺の兄ちゃんだろ?
ずっと一緒に居てくれんじゃないのかよ」

「兄弟だって…いつかはそれぞれだろうが」

「そんな事ないよっ!離れ離れで会えないなんて…
兄弟なら、いつだって近くに居て助け合うんだろ?」

翔が執拗に絡んでくる。

『暁』が解散しても
いつ何時、その正体が知れるとも限らねぇ…
翔に災難が降り掛からないためにも
キッパリと縁を切ってやらなくては…

「ごちゃごちゃ煩ぇなぁ…
お前はドン臭ぇから足手纏いなんだよ!
兄弟、兄弟って言うんなら、今日限り兄弟の縁は切ってやる。
どうせ明日っからは他人なんだ」

「さ…とし…」

翔が大きく目を見開いて
箸と茶碗を音を立てて置いた。

「兄弟の…縁を切る?
智は…俺を捨てるの?
あの時…これから俺がお前の兄ちゃんだって…そう言ったよね?
智に拾われた俺が…今度は智に捨てられるの?」

「あぁ…そうだ…
お前はここで医者を続けるんだ。
そしてそのうち、どこぞのいい娘を嫁に貰えばいい。
もぉ俺はお前の兄ちゃんじゃねぇ…
俺に拾われた事なんぞ…今日限りで忘れ…」

「嫌だっ!!!」

翔が俺の言葉を遮って大きな声で叫んだ。

「いや…だ…
智と一緒がいい…
智と一緒じゃなきゃ…
江戸に居る意味も…
医者になってる意味もない…
智は平気なのかよっ?!
俺が居なくても平気なのかよっ?!
俺の事なんて直ぐに忘れて…駿河で嫁さん貰って…」

「あぁ…そうかもしれねぇな」

翔が目を見開いて息を呑んだ。

「だからおめぇも…」

翔が膳をひっくり返して武者ぶりついてきた。

「嫌だっ!!!
忘れないっ!俺は忘れないからっ!
…いいよ…智が俺を忘れたいんだったら…
でも…俺は忘れない!
ずっと智の事を見てきたんだ…
智だけ…智だけ見てきたんだっ!」

武者ぶりついてきた翔に押し倒されて
翔の重みを全身で感じていた。


ばかやろう…


俺の気も知らねぇで…

翔の重みが…

温もりが…

匂いが…

ずっと蓋をしてきたのに…

心の奥底にしまってきた種火が
赤い炎となって吹き出さない様に…



「智が好きだったのに…
俺には智しか居ないのに…

兄ちゃんなんかじゃない…

でも…ずっと一緒に居られるんだったら
弟だって構わない。
智と一緒に居られるんだったら…
今までそう言い聞かせてきたんだ…
でも…
一緒に居ちゃ駄目だって言うんだったら…

今、一刻の智をくれよ…」

「なに馬鹿な事を…」

「あぁ…馬鹿だよ…
馬鹿かもしれないけど本気なんだ。
智が抱いてくれたら…
例えかりそめだって構わない…
そうしたら智の想い出と一緒に生きていけるから…
智の邪魔はしない…
ここで智の想い出と一緒に生きていくから…」

仰向けの俺を抑えつける翔の目から涙が零れ落ちて
俺の頬を濡らした。

「餓鬼のくせに何言ってやがる」

「…さっきはもう餓鬼じゃないって言ったじゃないか」

「う…うるせぇ!」

翔の顔が段々近づいてくる。

「さ…とし…」

翔が瞼を閉じた瞬間、翔の身体を跳ね飛ばして
馬乗りになった。

仰向けになった翔の両手を耳の横に抑えつけると
驚いて目を丸くしている翔にニヤリと笑いかけて

「俺とやりてぇなんて…百年早ぇんだよ」