そして…

俺と母ちゃんと姉ちゃんと…
三人だけの生活が始まった。
今までも父ちゃんは家にいる事がほとんど無かったから
あんまり変わらないけど、母ちゃんは昼だけじゃ無くて
夜も働くようになったから、俺は姉ちゃんと
二人で過ごす事が多くなった。


三人の生活になってから…
毎日絵ばかり描いていた。

「智は本当に絵が上手だなぁ…」

俺の絵を見て嬉しそうに目を細める父ちゃんと
青白い顔をして横たわる父ちゃんが
同じ父ちゃんだなんて思えなかった。

父ちゃんは…
仕事が忙しいんだ…
一段落したら帰るよって…
そしたら一緒に海に行って絵を描こうって…

そう言ってたじゃないか…

誕生日に父ちゃんに貰ったアートセット。
スーツケースみたいにパカっとひらくケースに
絵の具、色鉛筆、パステル…
色んな画材が綺麗にグラデーションを描いて並べられていて
宝石箱みたいだった。

嬉しくて嬉しくて枕もとに置いて寝て…
勿体無くて使えなくて…
いつも飽きずに眺めていたら…
父ちゃんが俺の頭をクシャッと撫でて

「使って無くなったらまた買ってやるから…」

そう言って笑った。

父ちゃんが帰ってこなくなって
初めてパレットに青い絵の具を絞り出した。

使い終わったら…新しいの買ってくれるんだろ?


…ね?


父ちゃん…


父ちゃんと一緒に描くはずだった海の絵を
夕日の翳り始めた部屋で一人ぼっちで描いた…