10年以上前ですが、宮崎のシーガイヤホテルで日本看護協会の研究会が開かれ、講演したことがあります。

タイトルは『使えない電子カルテはどうしてできてしまうのか、使える電子カルテはどうすればできるのか』です。当時は黎明期のそれよりもマシになってきてはいたものの、診療科の中では最も検査の種類が多い眼科では、使える電子カルテは皆無でした。もちろん、使っているところはありましたが、オーダメイドではなくいわゆる出来合いのパッケージなので、帯に短したすきに長しでした。短いところは面倒な操作をし、長いところは使わないということ、要するに不具合を慣れでカバーし、使っているうちに気にならなくなるというものです。実際、医局からローテータで来る医師は、使えるところだけ使い、機能不足はアナログでカバーして使っていると『いつの間にか慣れる』と言っていました。業者も『そのうち慣れます』が常套句でした。今日、明日、明後日の3回、講演した内容を紹介します。なお、言わんとしていることは今でも変わっていませんが、12年前の講演であることをご了解のうえ、お読みください。

 

~~ イントロ ~~

電子カルテという言葉が普通に語られるようになってから、かなりの時間が経過しています。ブームが去って本当の浸透が始まると言われていますが、厚生労働省が掲げる普及率には遠くおよびません。習熟容易性、費用対効果など、幾つかの要因が考えられますが、電子カルテに限らず、パッケージ化された医療機関向けシステムが提供する機能、情報、および操作性が、現場の作業実態を反映していないことが最たる要因ではないかと考えらます。

お仕着せのパッケージ以外に選択肢はないのでしょうか?自主開発はできない?その前に今の仕事の仕方に無理無駄はないのか?何のためにどの様な機能が必要なのかを洗い出したか?など、システム導入に際し、解決すべき有形無形の問題が山積していることを理解しなければなりません。その状況を踏まえ、ベンダ(システムを開発する会社)の言うことを鵜呑みしたり、経営陣の鶴の一声で導入を決めてしまうはさけなければならません。人間ならではの業務を除き、電子カルテを含む、院内業務を包括的に処理するシステムをパッケージではなく、自主開発するに至った開発経緯を紹介し、皆さんの参考にしたいと考え、今回の発表に至りました。

 

1.はじめに 

医事会計システムに端を発した医療機関向けシステムは、必要とされる機能、情報の全体像を描いてから、ニーズを踏まえた開発優先順位を以て順次整備されてきたものではなく、必要になった都度、屋上屋を重ねるようにして作られてきた経緯があります。その結果、業務相互の連携、作業の連続性が考慮できていないことによる機能間のつなぎ目での手間、システムに乗せられた作業と、そうではない手作業とが混在することによる煩雑さ、操作の一貫性に問題を抱えることになってしまいました。本来、システムの持つべき仕様(機能、情報、画面レイアウト、画面遷移、操作性など)は、使う側が決めるべきですが、ほとんどの病院では、お仕着せのパッケージをカスタマイズして使っているのが現状と言えます。しかし、できるだけ適用範囲を拡げるために、汎用性を考えて作られているパッケージを、カスタマイズ可能な範囲でフィッティングする程度では、現場のニーズをきめ細かく吸収できるはずがなく、使いづらさ、不具合を慣れでカバーしている現状があります。これは、売っているベンダ(システムを作る会社)が一番承知していて、『そのうち慣れますよ』、 これが常套句となっています。顧客のニーズに合った機能を提供する役割を担っているはずのベンダが慣れを期待するのでは話になりませんが、顧客である病院とベンダとの技術、知識の彼我の差が、これを当たり前にしてしまっているところに問題があると思われます。 

 

2.失敗するシステム導入要因 

電子カルテだけではありませんが、システムを導入しても十分な効果が感じられない場合が多いのはどうしてでしょう。様々な要因が考えられますが、おしなべて言えることを整理すると以下の通りです。  

(1)目的が曖昧、あるいは他動的。

世の中の趨勢だから/他もやりだしたらしいので、などという希薄な根拠で企画されたシステムはうまく行きません。また、他の病院が巧くいったから当院でも!と思いがちですが、成功要因、背景を吟味しないと失敗します。スキルに長け、やる気のある医師が一人で仕切るクリニックで巧くいっていても、スキルや意識に違いのある複数の医師や職員がいる病院では百家争鳴となり、収拾がつかない傾向が見られます。プロジェクトリーダーの手腕の見せ所です。

(2)リーダがいない。

実行可能なシナリオを描くことができ、快活で少々のことではめげない人物が望ましい。とかく『ヤルぞ!行くぞ!』という元気の良い人物がリーダになることがありますが、長続きしないし具体性に乏しく頓挫します。実際には動かない幹部が、お飾りで開発プロジェクトのトップに座る例は枚挙に暇がありませんが、意味がないどころか、迅速な意志決定の障害になることは過去幾つも見てきました。また、任せると言いながら任せきれずに枝葉末節にこだわる幹部がいると成功への道は遠くなる一方です。

(3)組織全体の雰囲気が盛り上がっていない。

上層部だけ、あるいは関係者、関係部署のみが燃えている場合は失敗する危険があります。システムを使うのは現場であることを忘れ、机上の空論で議論を進めるとこうなる可能性は高くなります。実務に疎い評論家的なコンサルタントを入れると更にその傾向が強まります。ビジョンはトップダウン、実行はボトムアップでというのが私の方針ですが、権威を背景に上意下達でビジョンを押しつけると面従腹背になってしまうし、高邁なスローガンを掲げても浸透しません。強制しなくても自らの意志で積極的に参画しようとする雰囲気がボトムから湧き上がって来なければ、成功はおぼつかないでしょう。

(4)BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)がおろそかになっている。

業務プロセスの整理整頓を疎かにし、無理無駄を残したままの仕事の仕方を前提としたシステム開発、導入は失敗します。しかしながら、旧態依然とした雰囲気が漂う歴史ある病院では、指揮命令系統の再編成/権限の再配分まで含むBPRを行うのは困難を伴います。しかし、BPRを行い機能を損なわずに無理無駄を廃したスリムな業務プロセスにした後でなければシステムの仕様は決められません。無理無駄を残したままのシステム化は効果が期待できないからです。万難を排して実行しなければなりません。それができなければ、システム化は止めた方が無難です。一方、京都の学会でしたが、このBPRを数ヶ月で済ませることができると豪語するベンダに出くわしたことがあります。それなりの規模の病院でそれをやったとのことでした。意識改革を伴うBPRをそれほどの短期間で終わることは常識的にあり得ないと思いましたが、バグが多かったこともあり、その病院はしばらくして紙のカルテに戻しました・・・

(5)性急な期待をする。

土作り、地ならしが必要なことは、農業や土木の世界だけではありません。業務をシステムに載せて効果を期待するなら、そのシステムが効果を発揮するための土作り、雰囲気作りを優先して行うべきです。いずれも時間と忍耐を要するもので、予算がクリアできれば何とかなるというものではありません。急がば回れ!

 

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