一般的に大臣が所轄する省の専門知識を求められることはありません。そうすると大臣に起用できる人材がいなくなるので、専門的な知見は当該省の役人がアドバイスし、大臣は内閣の政策に照らし、大所高所から適否を判断する俯瞰力を持っていれば良いということになるのでしょう。就任したら優秀な官僚からレクチャを受け、少しは分かるようになって欲しいと思います。しかし、残念ながら過去の大臣を見ているとその様な人物は見当たりません。もっとも、全ては官僚のいうとおりにしておけば無難なので、質問したりせずにハンコを押す場所を聞いて署名捺印するだけ。誰がどこの大臣でも務まるというわけです。野党の質問に官僚の書いた紙を抑揚なく読み上げるだけの大臣を見れば、そうかも知れないと思う人は多いでしょうが、官僚が書いてもいいけれど、中身を理解し紙を見ずに自分の言葉で答弁できる大臣が出てきて欲しいものです。前置きが長くなりましたが、武見厚労相がマイナンバ保険証で『医療の質が完璧に良くなる』などという発言をしたのを聞いて、愚痴を言いたくなったということです。

マイナ保険証利用推進のCMに出ている内藤さんが『これまで薬局でお薬手帳を見せていたが、マイナ保険証だと簡単に伝えられた』と言ったそうですが、そう言うようにシナリオが書いてあったのでしょう。残念ながらまだそのシステムは出来上がっていないことを彼は知らないようです。薬局がお薬手帳の情報を全て入力できているか?その前にお薬手帳情報を入力するためのシステムはあるのか、全ての薬局に備わっているのかを考えれば、誰でも分かるうそです。シナリオを書いた担当者はヒヤヒヤしていることでしょうが、彼らはこのシステムを開発するのは、質的にではなく量的に大仕事であることを知らないのでしょう。

 

令和3年度末現在の薬局数は 大小合わせて61791と言われていますが、この全てに全国統一のお薬手帳管理システムが導入されていなければなりません。ある薬局は導入していて、ある薬局は未導入で今まで通りの紙ベースのお薬手帳を使っているというのでは、結局マイナ保険証とお薬手帳の両方を持ち歩かなくてなりません。仕様は簡単で機能も簡単ですが、全国統一のお薬手帳管理システムは出来上がっていないし、どこかが統一仕様に基づいて開発しているという情報もありません。61791の薬局から入力されたり、表示リクエストがあるお薬手帳管理システムが動いているサーバには大変な負荷がかかります。厚労省のホームページによれば全国の一日の外来患者数は130万人前後です。


操作回数はこの人数分だけあるわけで、サーバの負荷分散を図ると同時に、止められないシステムなのでそれも考慮した高信頼なサーバ環境が求められます。ランサムウェア攻撃の格好の対象になることも考慮する必要があります。


お薬手帳だけでも大変ですが、官僚の作文を読み上げただけとはいえ、武見さんがいう『医療の質が完璧に良くなる』を実現するには、医師の技量と診断力の向上でしか達成できません。マイナ保険証で医療の質が完璧になる等という奇妙な発想を厚生労働省のトップが持っているとしたら、アウトです。せいぜい、医師の診断を支援する情報を提供するという表現にしかなりません。

 

医師の診断を支援する情報を提供するにしても条件があります。個人クリニックから総合病院までの全ての医療機関に電子カルテが導入され、検査データも電子化され、複数の医療機関にあるそれらデータを患者固有のIDで一気通貫に参照できる環境が整っているという条件です。患者固有のID候補が、マイナ保険証です。

 

更に言えば、複数の医療機関にあるそれら患者データを患者固有のID(マイナンバ保険証)で参照するには、各社各様になっている医療機関の電子カルテデータの保存方法、アクセス方法が統一されていなければなりません。もちろん、マイナ保険証を医療機関の診察カードと同じ扱いにする仕掛けが必要になります。お薬手帳掲載情報を電子的に取り扱えるようにするシステムを動かす環境はその信頼性を確保するための施策が大変だという話は既にしましたが、薬局以上にある182800(令3/10/1現在)もの医療機関が統一されたインターフェイスでアクセス可能になっていることを前提にしなければなりません。

 

武見厚労相が読み上げたバラ色の宣言文を書いた官僚は、この辺のことを理解できていないのでしょう。官僚は無理としたら、有識者と称する学識経験者たちはアドバイスしなかったのでしょうか?実務経験がないので、しなかったのではなくできなかったという方が正しいかもしれません。

 

いずれにせよ、マイナ保険証で『医療の質が完璧に良くなる』ということは、当分の間あり得ず、絵に描いた餅でしょう。

 

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