過去の経験を踏まえ、様々なニュースにコメントする形でブログを書き続けていますが、製造業のコンサル時代に多能工育成の課題に取り組んだことがあります。当時で言えば、旋盤もフライス盤も使えるというのが多能工、電気工事、水道工事の両方ができるというのも多能工、忙しいところを応援することができるし、次の専門業者を待つことなく作業が進みます。星野リゾートでは、担当業務を縦割りではなく、手の空いたスタッフが業務横断的に処理するという一人n役化を進めていますが、これも昔で言えば多能工化、今風で言えばマルチタレント化です。一人のスタッフが複数の業務を処理できるので、人材が余ったり足りなくなったりせずに、その時々の業務量に応じて臨機応変な人員投入ができるメリットがあり、効率的な経営ができます。

 

良いことですが、専門性の高い職種を筆頭に、全職種をマルチタレント化の対象にするのは難しいことです。米倉涼子が好演し、高視聴率を誇ったドクターXという番組がありましたが、彼女は全ての診療科を一人で担当できる天才医師を演じていました。しかし、病院には広くて細かく専門分化した診療科とそれを専門とする医師(専門医)がいることを見れば分かるように、一人で全ての診療科に精通することは不可能です。眼科でもこんなにあり、それぞれ専門医がいます。

○黄斑・網膜外来(加齢黄斑変性、網脈絡膜変性疾患、網膜色素変性症)

○ 糖尿病外来

○ 神経外来、視神経疾患(特発性視神経炎、虚血性視神経炎等)、眼球運動障害

○ 涙道外来

○ 緑内障外来

○ 斜視外来

○ ぶどう膜・リンパ腫

○ 角膜外来(移植、ドライアイ、円錐角膜、角膜変性症、角膜感染症、水疱性角膜症等)

○ 網膜硝子体外科外来(網膜硝子体疾患、網膜剥離、水晶体関連疾患、眼内レンズ合併等)

○ ドライアイ・眼瞼外来

同じ診療科でも症状が多岐に亘り、それぞれ専門性があることが理解できたと思います。

 

医師だけではなく、検査も同様です。私が関わった病院では、数的には検査員がいるのに、技量、操作技能的にできなかった検査を複数人が対応できるようにするための教育計画を作り対応した経験があります。

この様に、業務を分析し、マルチタレント化の対象になるものならないものを明確したうえで、対象になるものには、習熟計画を作ってマルチタレント検査員を養成してきましたが、1人n役がやりやすい業界、職種はともかく、専門分化が進み、技術の進歩が著しい今、マルチタレントは難しくなってきています。医療に限らず、一括りだったものが細分化され、細分化されたものが専門領域として独立し、更に深い研究が進んでいるものは他の分野でもあります。例えば物理学です。ニュートンは多方面に業績を残している古典物理学の大家ですが、当時一括りだった物理学が、今や素粒子物理学/地球物理学/宇宙物理学/物性物理学/高エネルギー物理学/原子核物理学/低温物理学/半導体物理学/生物物理学などに細分化され、専門分化しています。ドクターX並みのマルチタレント物理学者Xが現れ、これら全てを領域の頂点に立つ研究成果を上げることは不可能でしょう。

 

今、産業界ではジョブ型雇用という形態を模索しているようです。ジョブディスクリプション(job description/職務記述書)で職務の内容を詳しく記述したものを公開し、それを満たす実績、能力を持つ者を雇用するというものです。このジョブディスクリプションで、マルチタレントを期待すると書かれているかもしれません。もちろん、期待するマルチタレントの内容が定義されているはずです。総花的なものから、これとこれに専門性を有するものという具体的なものまであると思いますが、私が元所属していた会社では、T定規型専門性と言っていました。

ある部分のスペシャリストであり、それ以外にも多少の知見を持つジェネラリストという感じです。例えば、OSの知識、データーベースの知識、ネットワークの知識があり、業界業種を限定したアプリケーションもある程度分かる者という具合です。私は、OSの設計経験があり、性能のトラブルシューティング経験があり、製造業、小売業、医療業界の業務を理解しているので、一般的には、マルチタレントの要件を満たしていると思います。しかしジョブディスクリプションで、多岐に亘ったり、より深い専門性を要求されている場合には、該当しないかもしれません。

 

やっかいな時代になりましたが、アドバイスするとしたら、少なくても一つの専門的知見と実績を持ち、自他ともに認める安定した力を発揮し続けることができた後、もう一つ専門分野を増やすというステップbyステップでの専門分野を増やす努力をしよう!ということです。

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