政策は目標を達成できるもっとも直接的な因果関係が推定できる手段を選び、負の外部効果とも衡平を判断基準とするものだろう。

 ライドシェアはまず乗客の時間的あるいは地域的な需要超過が生じていなくてはだろう。あるいは技術革新を持つ新規参入が乗客需要以外の正の外部効果を生じさせることを示すことが必要とになる。

 DXとか標語を振り回しても、どのような政策効果をいつ、誰に、どの程度まで超過した乗客需要を満たし、さらなる需要喚起と外部効果もたらすか見えていない。それがみえないということはDXなる標語が政策手段ではないことを示しているだけである。現行のタクシー業界導入されているネット予約と効率的な配車手配と同等がDXの想定する範囲で、ドライバー不足を埋め合わせるものではない。

 また外部効果として代替手段の一つである公共輸送機関との需要振替である。ライドシェアが単に公共輸送需要から乗客振替で需要が増えたと騒いでも、危機にある公共輸送機関経営をより悪化させるだけなら自治体と住民にどのような意味があるのだろうか。

目新しい標語DXとかその地域だけのメリットを掲げる新幹線在来函館駅延伸と、新しい横文字の中味が携帯の使い方講習、また地域住民だけ喜ぶとか(これを地域エゴという)。愚策にまで届いていない遊び程度ではないか。これに税金を投入するなら交際費までであろう。