月の旧称への愛着

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 四月の旧称は「卯月(うずき)」、といっても三月「弥生」、五月「皐(さつき)」に挟まれた卯月は余りポピュラーではありません。名前の由来は、 卯の花が咲く月と言うことで「卯の花月」。異説として、田植えをする植月(うえつき)からの略ではないかともいわれています。旧称にはどの月にも季節感が表れていて、四季に恵まれた日本らしい風情があります

 1月、2月、3月、・・・・と数字で月名を表すのは便利な点もありますが、どうも野暮でなりません。月曜日、火曜日、水曜日、・・・が1曜日、2曜日、3曜日、・・・なんてなったら日本脱出です。

 

 行政の都合でしょうか、町名もいまひとつピンときません。私の故郷秋田市はかつて城下町だったのですが、町名にもその時代を偲ばせる名称が付けられていました。四十間堀町、下肴町(しもさかなまち)、十人衆町、新大工町などなど。それが今は、大町○×丁目など、やはり町のイメージは全く感じられない名称になっています。

 

 東京も、風情ある江戸からの町名は消えました。角筈(今の新宿!)、本両替町、黒門町、松坂町などなど。前回の東京オリンピックを期にほぼ江戸由来の町名は一掃されました。オリンピック開催に先立って、町のイメージよりも、町名の規則性を重視した「住居表示法」が施行されたからです。町名に数字が多用されました。これが、やがて全国に波及し現在に至っています。

 

 度量衡の尺貫法、つまり間(ケン)・尺(シャク)・寸(スン)・分(ブ)・坪(ツボ)も西洋式のメートル法に取って代わりました。一次は、尺貫法を使うと法律で罰せられることもありました。指物師など尺貫法で生きてきた方々にとっては死活問題でした。流石に現在では法で罰せられることはなくなったそうです。

 

 便利さや行政の都合で、伝統的な名称や制度が変えられることに賛否はあるでしょうが、失われるのは数字などでは表すことの出来ない日本的イメージや風情、つまり文化であることを忘れてはならないと思います。