献血の日

 

今日6月14日は世界献血者デーだそうです花

 

 

私は白血病になる前までに、55回献血をしました。

(妊娠、出産、育児で全くできなかった期間も長いです。)

 

 

20歳の誕生日を迎えてすぐになって骨髄バンクに登録もしました。

現在は18歳から登録できますが、当時は20歳からだったように記憶しています。

 

 

私は誰かを救う側の人間なんだって、ずっと思ってました。

 

 

若い頃、母が多発性骨髄腫で入院してて、たくさん輸血もしていたし、骨髄移植も受けました。

同じ病室はみんな血液疾患の患者さんで、中には、ももちゃんとゆう小学1年生ぐらいの女の子もいました。

ももちゃんは白血病でドナー待ちでした。

 

そのような状況で、献血や骨髄バンクの重要性をいつも間近で見て感じていました。

 

 

母は骨髄移植後に再発してしまい、2度目の骨髄移植をした後に40代で亡くなってしまいました。

 

 

生きたいと願い続けて、壮絶な辛い治療にも耐えて前向きに頑張ってきたのに、若くして亡くなってしまった母の人生って一体何だったんだろう。

 

 

 

母の命を無駄にしたくないな。

 

 

 

そう思ってずっと続けてきたことが献血と、骨髄バンクの活動でした。

骨髄バンクでは近畿地区のコーディネーターをし、説明員として普及活動もしていました。

 

 

 

母の命は救えなかったけど、せめて同じように病気で苦しむ誰かの命を救えたらいいな。

 

 

 

母から受けた影響や学んだことを私が生かすことによって、亡くなった母の命、母が生きた証を意味あるものにしたかったのです。

 

 

 

そのような想いが、いつもずっと私の根元にあって原動力になっていたように思います。

 

 

 

 白血病になって

 

 

 
 
 
 

私は昨年、慢性骨髄性白血病になりました。

 

 

即入院になり、その時、私は生まれて初めて輸血を受けました。

 

 

血漿の輸血でした。

 

 

赤色ではなく、黄色い血液。

 

 

 

もう私は、献血をすることも、骨髄提供をすることもできない体になってしまったんだなぁ…泣

そう思うと、虚しくて泣きたくなりました。

 

 

ずっと救う側だと思って生きてきたけど、救われる側になってしまったな。

 

 

 

 

 

 

 

輸血を受けると体がとても楽になりましたおねがい

 

 

 

 

献血してくれた人に、感謝の気持ちでいっぱいになりましたドキドキ

 

 

献血してくれる人がいるからこうして生きていられるんだなぁって。

本当にありがとうございます飛び出すハート

 

 

 

今は元気ですが、またいつ輸血のお世話になるかわかりません。

 

 

IS値が0.1に上がったら骨髄移植も勧められています。

その際は、姉とはHLA型が合わなかったので、骨髄バンクでドナーさんを探すことになります。

 

 

 

 

 

 

献血や骨髄バンクのドナー登録って、痛いから、自分はしなくても誰かがすればいい、そう思っている人も多いんじゃないかな。

 

 

 

 

 

でもあなたが提供することで、救われる人がきっといるんだよって、知ってもらいたいですおねがい

 


 

感謝 感謝です