
昨日借りたCDを返しに、正確には返すためだけに、新宿にやってきた。
流石に閑散としている深夜の新宿を、寒さから身を守るように肩をすくめて、足早にTSUTAYAへと向かう。
1階にある返却BOXにぶち込んで、さっさと帰ろうと思っていたのだが、信じ難いことに量が多過ぎて入らない。
袋の中で配置を変え、投入角度を変えても入らない。
こんなところで高校時代に0点を取った優秀な僕の数学方面の脳をフル活用させても徒労であると判断し、仕方なく3階まで上がって、カウンターで一枚一枚精算してもらうことにした。
店員のお姉さんは惚れ惚れするほど軽やかな手つきで17枚ものCDを次々に捌いていき、正味3分程度で精算は完了した、かに見えた。
「お客さま、こちらなんですが…」
ん?
昨日借りたから延滞はないし、PCのディスクトレイの中も確認したし、歌詞カードも入れたし、こちらに何ら落ち度はない筈である。
「何でしょうか」
窃盗していない自転車に乗っていて、警官に止められた時と全く同じ、すなわち「俺、何にも悪いことしてないもんね」的態度をあからさまに示して、僕はその店員に尋ねた。
「あの、こちらだけ、マスザワさまという方の名義でレンタルされているんですが……」
ん?
マスザワって誰よ。知らないよ、そんな人。
これはあれだろうか、冤罪でブタ箱に僕を放り込もうとしている闇のレジスタンスによる、組織的陰謀だろうか。
こんなところで、そのような黒い陰謀の餌食となって、骨までしゃぶられるわけにはいかない。
「いえ、マスザワさんという方を、僕は存じていませんが。そのレシートにもきちんと僕がこのCDをレンタルしたと明記されていると思います」
こちらの怯えを悟られないように、あくまでも毅然とした態度と口調で、僕は息継ぎもせずにそう答えた。
向こうは組織だが、こちらは一人。多勢に無勢である。
弱っている姿を見せれば、奴らはすぐさまそこに付け込んでくることだろう。
そうなったら終わりだ。
「申し訳ありません。もう一度確認致します」
店員は、なおも訝しげな目でこちらを一瞥すると、レシートを片手に17枚のCDを再度確認し始めた。
「お待たせしました。おそらく、こちらで何らかのミスがあったようです。お客さま(僕のこと)の精算は出来ましたので、これで結構です」
確認が済むと、店員は微笑を携えて僕にそう告げた。
「そうですか。それでは。マスザワさんによろしく」
これ以上、この場に留まると、奴らがまた別の手段で攻撃を仕掛けてくる恐れがある。
それだけは避けねばならない。
「申し訳ありませんでした」
店員の詫びの言葉を背中で受けながら、僕は素早くTSUTAYAを後にした。
神経を張り詰めていたせいか、緊張が緩んで広がった安堵感とともに、微妙な空腹感を覚えた。
目の前に、深夜になると何処からともなくやってくる屋台のラーメン屋が出ている。
以前、期待に胸を躍らせて一度だけ食べたことがあるが、心底がっかりする味だった。
僕は、同じ失敗を二度繰り返すほど愚かな男ではない。
おとなしく吉野家に向かい、牛丼並盛りつゆだくに玉子を掛けて食べた。
小田急線の改札へと歩きながら、おもむろに煙草を吸った。
普段は新宿で歩き煙草などしないのだが、深夜で人通りもないし、少し先に喫煙スペースがあるのだし、何より気分が果てしなく「まぁいいや」状態だったので、マナーもモラルもモテる男の作法も、全てがどうでも良くなっていた。
向こうから、黒いコートに身を包んだサラリーマンが電話をしながら歩いてくる。
すれ違いざまに、少しだけ会話の内容が聞こえた。
「な! やっぱりな! マスザワはさぁ、結局……」
ん?
僕は、今何か聞こえたような、ちょっとした違和感のようなものを感じたような気がした。
まぁいいや。
もういいや、マスザワさんは。
今さら出てこられても困るや。
「何もなかったのである」という表情で僕は煙草を吸い、喫煙スペースへと急いだ。
喫煙スペースに着く。
新宿西口のバスターミナルの向こうに建つビルの時計が、ちょうど0時を指している。
「短針と長針がセックスをしている」という表現を思いついて、あまりのくだらなさに一人苦笑いを浮かべた。
こんな夜は、さっさと家に帰ってFF13の続きをやって、ウンチでもして寝ちまおう。
僕はそんな、極めて合理的な未来予想図を描くと、喫煙スペースの灰皿で煙草を揉み消して、小田急線の改札へと足を向けた。
♪今の気分的一曲
14番目の月 / 荒井由実

