「あっ!」
体を横にして、手足を伸ばして死んでいるハケの姿があった。
「ハケちゃん!ハケちゃん!」
こたつから引き出したハケの体は硬直して冷たくなっていた。昨夜あれから間もなく息を引き取ったのかもしれない。私が躊躇した3時頃にはもう死んでいたのだ。涙がボロボロとこぼれた。痩せて硬くなったハケの体を泣きながらなでた。階段の下まで行って夫に叫んだ。
「ハケちゃんが死んだ!」
夫が降りてきて、ハケを別のところに移して、ハケの体に手を置いて声を震わせた。
「助けてやれなかったね!」
可愛くて、おりこうのハケなのに、まだ4歳なのに、なんでこんなに苦しんで死ななければならなかったのか。硬くなったハケの体をなでながら涙と鼻水で顔がグチャグチャになった。下痢で汚れたお尻の周りを、もう痛がらないからタオルできれいに拭こうとして驚いた。私が固まった便が付いていると思って、よく拭こうとしてはハケが嫌がった部分は、ヘルニアのように腸の一部分が肛門から出ていたのだった。
これをタオルで拭いたのだもの、痛かっただろう。ハケが痛くて、私の手を振り払おうとして出した前足をよく覚えている。私の手にさわった、ぬいぐるみのようなハケの黒い手に爪は出ていなかった。
死ぬのは仕方がない。命あるものは必ず死ぬ。でも短い命を終えようとするものに、死ぬためにどうしてこんなに苦痛を与えないといけないものか。問題はそこだ。死ぬことが救いのような死に方なんて・・その現実をどうすることもできないのが腹立たしく悔しい。ハケの苦しみに私達も責任の一端がある。
思うに、人も動物も自然な死に方をした方が苦しみが少ないのだ。それを嫌がるものに無理やり、食べ物だの水だの点滴だの、一切しないほうが良かったのだ。ハケの場合結局点滴も全く効果がなく、ハケに負担と苦痛を強いただけだった。無理やり注射器で食べ物を口に入れたことによって、吐いたり下痢をしたりした。振り返ってみれば、私達のしたことは無駄を通り越して、してはいけないことだったのだ。

