「中国の書」と「現代日本の書」について感じたことを書いてみたい

中国と日本 環境が異なるのだから進化の仕方も異なるのは理解できる
しかし 書は本来中国で生まれ育ってきた
日本人は本来の書を見つめなおす必要があるのではないか

中国には流派というものは無いらしい
しかし日本には多くの流派が存在する
師によって価値観が異なる
団体の中での狭い価値観がそれぞれに育った結果が今の日本の書となっている

表現の仕方にこだわりすぎるため 側筆の書を良しとする
あるいは 墨の濃淡やかすれだけを重視する
さらには読めなくても芸術性に優れているとか・・・


ここに日本書道協会が出版した「中国書法正傳」という本がある
 
$オバマ13のブログ

寥禎祥(りょうていしょう)氏は
「平らな道あるいは波の立たない海のような平凡の中にこそ心理は存在します。したがって、書もまた中正穏健な、法にかなったものが良いのです。毎日の食事を例にとれば、何の変わった味もない3度のご飯こそ、終生飽きのこない食事です。いくら素晴らしいご馳走でも、それが幾日も続いたのでは飽きてしまいます。書もそれと同じで、新聞や雑誌に使われている文字を見ればわかるように、誰にでも抵抗なく受け入れられる中正で穏健な書体が良いのです。一風変わった書体や、奇抜なものもたまにはよいかもしれませんが、そればかりでは飽きがくるのも早く、一般にも広く受け入れられません。」
と語っている

そして
「書は読めるものでなければならないという宿命を背負っています。」
として 良い書について意見を述べている

さらに中国書法を貫く大原則として
「中鋒」
を説いている

俗な書が流行している現代において 見直さねばならないことがたくさんあることを痛感させられる